No.15 [見えた光]



No.15 [見えた光]
¥1,555 ($9.87)
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……………………
…………………ん……
ここは………………………………
どこだ………?
身体中が………………痛い。
目をゆっくり開けると………………
夜明け前の空があった。
まだ星が、薄く光って見える。
横たわっている自分の身体を、ゆっくりと……起こす。
………………?
手に何か………付いている。
「!!」
血だ。
それも、手だけじゃない。
身体中、血まみれだ。
訳が分からず、辺りを見回す。
森の中だ。
木々の葉が、そよ風でこすれ合う音だけが聞こえる。
「………………っ!」
少し離れた、開けた草原に………人が倒れていた。
痛む身体を引きずるようにして、ヨタヨタと、それに近付く。
倒れていたのは、三人だった。
「………………………」
皆、亡くなってしまっている―
一体ここで………………
何が………あったんだ………………
いや、その前に………………
何で、俺はこんな所にいるんだ?
自分の名前―
吸血鬼である事、幼い頃の記憶もある。
ただ………
今より前の記憶が、全く無い。
どこから来たのか………
どこに住んでいたのか―
「っ!!!」
朝日が俺を照らした。
辺りに隠れる場所は無い。
もう、ダメだ………………
そう思ったが―
「………………………………………?」
何だ………?
身体が………焼けない。
ただ、ジリジリと熱い感覚があるだけだ。
これは―
半吸血鬼の症状………
そういえば、吸血欲が全く湧かない。
―俺は、[半吸血鬼]になったのか………?
でも、何で………
それすら思い出せない。
木陰に身を隠して、しゃがみこむ。
戻る場所があるのかも、何も、分からない。
これから、どうすれば………………
―気が付くと、辺りはすっかり暗くなっていた。
座ったまま眠ってしまったようだ。
「っ……」
腕の皮膚が一部、赤くただれている。
しばらく日が当たっていたんだろう。
半吸血鬼も、日光に当たれば、少しずつ身体が焼けていく。
「………………」
腹が、減った………
今までは無かった、[食べ物を食べたい]という感覚。
辺りには、何もない。
食べ物を求めて、月が照らす森の中を、フラフラと歩き出す。
食べられそうなものを、手当たり次第口にした。
時々、悪いもんに当たって吐いたりもした。
しばらく歩き続けると―
川があった。
水を浴びるように飲む。
とりあえず、今日はその近くで眠る事にした。
次の日。
川の魚を何とか捕まえて、焼いて食べた。
それがホントにうまくて………
少し涙が出た。
火のおこし方を知ってて良かった。
―そうして、[食べる]為に、森をさまよう日々を過ごした。
稀に人間に出くわす事もあったが、話しかける前に、俺の姿を見て、悲鳴をあげて逃げられた。
森から出た所にある村にも行ったが………
猟銃で殺されかけた。
その後、よく分からない連中に追い回されたりもしたが………
何とか逃げ切った。
吸血鬼は、忌み嫌われる存在。
人間に助けを求める事はできない。
俺は………………
何の為に……生きてるんだ………………?
それに答えてくれる者はいない。
ただ[命を繋ぐ]為だけに、永遠にも思える程、長い時を過ごした。
―あれから、一体………………
何十………何百年の月日が流れただろう。
自分が何でこんなにも[生きよう]としてるのかは、分からなかった。
ただ…………[生きていなけりゃいけない]
そんな気がする………
その気持ちだけで、生きてきた。
「………………………」
今日も、歩く死人のように、目的もなく………
森をさまよう。
天気が………いいな………………
木陰から、晴れた空を眺める。
「あんた……
吸血鬼だね?」
「!」
突然声を掛けられ、心臓が止まりそうになった。
思わず声の主を凝視する。
「……怖く、ないのか」
「―あたしが小さい頃住んでた村の近くにも、一人吸血鬼がいてね。
吸血欲を抑える調合薬と、血の代わりに飲める飲み薬を作って渡してた」
「……そうか…………」
「待ってな。
作り方は覚えてるから」
彼女が去ろうとするのを、慌てて手を上げて制止する。
人と話すのは………………
いつぶりだろうか。
俺が事情を話すと、疑う事も無く、彼女は話を聞き、心配してくれた。
それだけで救われた。
なのに―
自分の家にまで招き入れてくれた。
彼女が[神]ってやつに見えた。
「ちょっと、腕の傷を見るよ」
「あぁ……頼む」
「………………」
難しい顔をして、しばらく考え込む彼女。
その様子を、固唾を飲んで見守る。
「パリトキシンと、ドウモイ酸か………」
「……………?」
すると彼女は、テキパキと手際よくいろんな葉っぱやら花やらをすり合わせて、火をおこして湯を沸かし―
それを煎じたものを、俺の前に差し出した。
「飲みな」
「こ、これは………?」
「記憶を呼び戻す手助けができそうなハーブを調合して、作った薬さ」
「記憶が戻るのか!?」
「………………それは分からない。
あたしの薬は、あくまでも本人の[自然治癒力]を助けるものなんだ。
あとは、あんた次第」
「………………そうか」
受け取った薬を一気に飲み干す。
と、彼女が口を開いた。
「行くあてがないんだろ?
しばらくここにいるといいよ」
「………………いい、のか?
見ず知らずの俺を置いて………」
「いいのいいの!
あんた、悪いやつじゃないだろうし。
ちょうど人手が欲しかったんだよ。
……あたしはルシア。
あんたの名前は?」
「俺はヴァンだ。
すまん、世話になる」
彼女―
ルシアは、俺に希望の[光]を与えてくれた。
彼女の為に、そして、記憶を取り戻す為に………
精一杯の事をしていこうと、心に誓った。
それから、ルシアとの生活が始まった。
話し相手がいるってのは、本当に嬉しい。
俺が役に立てる事は何だってするつもりでいたから、畑仕事も苦無く頑張れた。
―そうしていつしか、彼女は俺にとって、何でも話せる家族みたいな存在になっていった。
そして、季節が一巡りした。
今日も、薬を貰いに村人がやってきた。
彼女は[白魔女]で、近くの村の[薬師]でもある。
ルシアが作る薬は、病気の症状を[悪]として抑えつけずに、身体の自然治癒力を助ける事を主とする。
自然と[共存]しながら生きてきた、白魔女ならではの考え方に基づくものだ。
村人はルシアに礼を言い、帰っていった。
次の日、村人がお礼として持ってきたのは、狩りに使う[弓矢]だった。
弓矢は、いらないんだが…………
………
……弓矢………………
「………………っ……」
それを見た時―
なぜか、腕の傷がズキリ、と痛んだ。
………………?
心臓が強く脈打ち始める。
何か、映像が………………
頭の中に………浮かんで………………………
「!!!」
その瞬間、今までの記憶が一気にフラッシュバックした。
衝撃で心臓が爆発しそうな程苦しく、過呼吸になる。
………息が………っ、できない……………!
「………………ヴァン?大丈夫……?」
「………………………い………だした」
「え?」
「思い、出した………………!!」
己の情けなさに、顔を両手の平で覆い、その場にしゃがみこんだ。
「思い出したって………全部かい!?」
言葉を発する事ができず、ただ頷く。
「俺は………………
今まで、何してたんだ………
とんだバカ野郎だ……………!!」
ルカイン………………………
すまない………………!!
俺は、手早く支度を済ませた。
「行かないと」
「ヴァン!どこに行くんだい?!」
心配そうな声色のルシアを不安にさせまいと、何とか笑顔を作って振り返る。
「俺をずっと………
待ってる、やつの所だ。
待ってくれてるかどうかは……分からんが」
彼女の目の前に右手を差し出す。
ルシアは、それを固く握り返してくれた。
「今まで世話になった。
本当に、ありがとう」
「それはお互い様。
あたしも、あんたがいてくれて助かったよ。
ありがとう」
「じゃあ………」
旅立とうとした俺の肩に、後ろからポン、と手が置かれた。
「!」
「あたしも一緒に行くよ。
ちゃんと見届けないと、心配でね」
ニッと歯を見せて笑う彼女に、俺も笑い返す。
「行こう」
「うん」
数日分の食料とランタンを持って、小屋を後にした。
夜になると現れる目印を辿り、ひたすら進み続ける。
「………………よし!ここだ!」
ヴァンが指差したのは、人一人が入れる程の大きな穴。
ランタンの灯りだけを頼りに、真っ暗で狭い穴に入っていく。
ほふく前進でしばらく進むと、開けた場所に出た。
人が住んでいた形跡がある。
ルシアが訝しげな表情で周りを見回す。
「吸血鬼はこんなとこに住んでるのかい。
大変だねぇ」
「なぁに、慣れれば快適だぞ」
「ここにヴァンが住んでたの?」
伏し目のヴァンは、寂しげな笑みを浮かべた。
「まぁ……
俺も住んでたんだが、ここは元々………
俺の命の恩人が、住んでいた場所なんだ」
そう答えると、いくつかある通路の内の一つを塞いでいる石板を、力ずくで何とかどかし―
その先を指差した。
「さぁ行こう、こっちだ」
ランタンの薄明かりが照らす地下通路を、彼に続いて歩く。
―少し進むと、すぐに分岐点がいくつも現れた。
が、ヴァンは迷うこと無く突き進む。
「まるで迷路みたいだね………
道は覚えてるのかい」
「あぁ。
目的地は、俺が前に住んでいた所だからな。
覚えていて当然だ」
「すごい記憶力だね………」
時間の感覚が無いから、どれくらい掛かったかは分からないが………
しばらくすると、別の開けた場所に出た。
俺がずっと前に住んでいた部屋だ。
最近まで、誰かが住んでいたような形跡はあった。
だが、部屋のロウソクに一つも灯りがついてないって事は………
今は住んでないんだろう。
「………………………………」
部屋を一巡し、椅子に座り込むヴァン。
「………大丈夫?」
「………………あぁ。
ただ………ここには、いない」
「あんたを待ってるってやつかい?」
無言で頷くヴァン。
落ち込む彼を励まそうと、ルシアは極力明るい声で元気付けた。
「そりゃ、何百年も経ってたら[引っ越し]くらいするよ。
別の所にいると思うけどね」
「………………それもそうだな。
ルシア、ありがとう」
「ふふっ、あたしは何もしてないよ」
少し元気を取り戻したヴァンが、椅子から立ち上がり、部屋のロウソクにランタンの火をともしていく。
明るくなった部屋の、それぞれの通路前の床を見回し始めた。
「ここからどの通路に進んだかさえ分かれば、新居の大体の見当は付くんだが………………?」
彼が、一つの通路前を見て、何かに気付く。
「これは…………………」
それは、侵入者用に昔張ってあった、鈴付きの罠の紐だった。
他の通路前の紐は、床に一の字の状態で置いてあるのに対し、その通路の紐だけ、奥の方に少し引きずられている。
「………ははっ……………全く。
自分が罠に掛かってたら世話ないな」
「………………?」
一人思い出し笑いを浮かべるヴァンに、クエスチョンマークを浮かべるルシア。
「………あぁ、すまん。昔の事を思い出してな。
向かった通路はこっちだ、行こう」
そうして、また迷路のような地下通路を進み始めた。
一時間程歩いただろうか。
先の方に、明かりが見えてきた。
「………………!」
「誰か住んでるみたいだね」
心なしか、早足になるヴァン。
それに遅れないよう、ルシアも続く。
辿り着いた先は、色とりどりの鮮やかなガラスランプが吊るされた部屋だった。
「わぁっ!?」
「だ、誰っ!?」
部屋に入って早々、賑やかな声に出迎えられたヴァンとルシア。
声の主を見ると―
一人は、人間ではなく、子供のような姿で、空中に浮いている。
それを見たルシアが小声で「かわいい……」と呟いた。
よく見ると、部屋の隅に、腕を組んで立つ黒髪で長髪の………目付きの悪い男もいる。
後一人は……………赤い瞳に白い髪。
吸血鬼………か?
それとも―
もしかすると、この子はルカインに………
ヴァンが思考を巡らせていた、その時―
部屋の奥から、見知った姿よりも成長した青年が現れた。
「どうしたんだ、ニア………………っ!!!」
ルカインにとって、久方ぶり、というには長過ぎる程の年月を経て現れた―
命の恩人。
衝撃のあまり、彼はその場に立ち尽くす。
そして―
ルカインの目から、みるみるうちに涙が溢れ出した。
嗚咽で詰まりそうな喉から、彼は何とか声を絞り出す。
「…っ………………ヴァン……なの、か…………!?」
コクリ……と、頷くヴァン。
ルカインは、ヴァンにヨロヨロと歩み寄り―
彼の両肩に手を置いて、俯いた。
床に、ポタリ、と涙が落ちる。
肩を大きく震わせて、泣き声混じりに言葉を紡いだ。
「どれだけ………っ、待ったか…………!!」
「………………………………すまん。
[迷子]になっててな」
照れ臭そうに頭を掻いて笑うヴァンに、涙を流すルカインは、いつもの彼とは違う、子供のような表情で笑った。
「一体、何百年………[迷子]してたんだよ」
「はは、ホントにそうだな。
待たせちまって………すまん」
ヴァンの謝罪に、彼は首をフルフルと横に振り………
泣きながら笑みを浮かべた。
「でも―
あの時の約束、守ってくれた。
本当に………………
生きてて、良かった………ヴァン」
二人の数百年越しの再会に―
ニアは涙目で微笑み、
ランプの精霊ミコールは「良かった……良かったねぇ」と号泣し、
悪魔のヴォルドは関心が無いのか、無表情だ。
ひとしきり泣き、やっと涙がおさまったルカインが、ヴァンに問う。
「あの後………何があったんだ?」
問われたヴァンは、ニヤリと笑みを浮かべた。
「あいつら、「手負いの獣が一番手強い」って事を知らなかったみたいでな。
お前を逃がした後、隠れ家から森に戻って待ち伏せして………
油断してるところをやっつけていった。
その後―
その魔女狩りのやつら三人全員の血を、無くなるまで吸って、半吸血鬼になった。
それで、命は何とか取り留めたんだが………」
そこで、ヴァンはルシアの方を一度見て、話を続けた。
「弓矢に塗られていたのが「記憶障害」を引き起こす毒だったみたいでな。
記憶を無くして、長いこと森をさ迷ってたんだが、彼女―
ルシアが、調合してくれた薬を飲み続けて、記憶が戻ったんだ。
全部ルシアのおかげだ」
事の経緯を聞き終えたルカインは、ルシアの方に向き直った。
「本当に………ありがとうございます。
何とお礼を言ったらいいか………」
「ううん。
あたしはただ、ヴァンの記憶が戻る手助けをしただけだよ。
最後は、本人の力で記憶を呼び戻したんだ」
黒い瞳を耀かせて微笑むルシア。
それに応えるように、ルカインはルシアに微笑み返した後―
ヴァンの顔をまじまじと見つめた。
「どうしたんだ?ルカイン」
「………半吸血鬼になったのに、ヴァンはなぜ歳を取っていないんだ?」
「あぁ、それか。
―俺は、魔女狩りのやつら三人の血を吸っただろ?
三人の内二人は、血を吸う前に死んでたし、後の一人は、俺に血を吸い尽くされて死んだ。
極限まで吸血した相手が死んじまった時は………
自分が半吸血鬼になれても、寿命は長いままだ。
だが、相手が死なずに、お互い半吸血鬼になった時は、吸血鬼は自らの命を相手に半分渡す事になる。
相手が人間の場合に限り、だがな。
だから人間と同じように、歳を取るようになるんだ。
………優しすぎるお前がその方法を選ぶ事は無いと思って、話さないでいた」
「……そうだったのか………」
フムフム、と頷くルカイン。
と、ルシアが手をひらひらさせて、来た通路に向かう。
「あたしは帰るよ。
ヴァンと、あんた……ルカインの再会を見届けられたからね。
もし薬が必要だったら、またおいで」
ルシアの思わぬブラックジョークに、苦笑いを浮かべるヴァン。
「いや、俺はもう必要ないぞ(^-^;」
その息ぴったりの掛け合いに、笑いが起こる。
その中で、ルカインを見つめて涙ぐみ、微笑むニア。
自分の命の恩人であるルカインの、さらに命の恩人が生きていた―
こんなに嬉しい事はない。
そうして、各々の命は、どこかで繋がっていくのだろう。
―季節は冬を迎えていたが、春のように温かな空気に包まれた、黒夢製作所だった。
……………………
…………………ん……
ここは………………………………
どこだ………?
身体中が………………痛い。
目をゆっくり開けると………………
夜明け前の空があった。
まだ星が、薄く光って見える。
横たわっている自分の身体を、ゆっくりと……起こす。
………………?
手に何か………付いている。
「!!」
血だ。
それも、手だけじゃない。
身体中、血まみれだ。
訳が分からず、辺りを見回す。
森の中だ。
木々の葉が、そよ風でこすれ合う音だけが聞こえる。
「………………っ!」
少し離れた、開けた草原に………人が倒れていた。
痛む身体を引きずるようにして、ヨタヨタと、それに近付く。
倒れていたのは、三人だった。
「………………………」
皆、亡くなってしまっている―
一体ここで………………
何が………あったんだ………………
いや、その前に………………
何で、俺はこんな所にいるんだ?
自分の名前―
吸血鬼である事、幼い頃の記憶もある。
ただ………
今より前の記憶が、全く無い。
どこから来たのか………
どこに住んでいたのか―
「っ!!!」
朝日が俺を照らした。
辺りに隠れる場所は無い。
もう、ダメだ………………
そう思ったが―
「………………………………………?」
何だ………?
身体が………焼けない。
ただ、ジリジリと熱い感覚があるだけだ。
これは―
半吸血鬼の症状………
そういえば、吸血欲が全く湧かない。
―俺は、[半吸血鬼]になったのか………?
でも、何で………
それすら思い出せない。
木陰に身を隠して、しゃがみこむ。
戻る場所があるのかも、何も、分からない。
これから、どうすれば………………
―気が付くと、辺りはすっかり暗くなっていた。
座ったまま眠ってしまったようだ。
「っ……」
腕の皮膚が一部、赤くただれている。
しばらく日が当たっていたんだろう。
半吸血鬼も、日光に当たれば、少しずつ身体が焼けていく。
「………………」
腹が、減った………
今までは無かった、[食べ物を食べたい]という感覚。
辺りには、何もない。
食べ物を求めて、月が照らす森の中を、フラフラと歩き出す。
食べられそうなものを、手当たり次第口にした。
時々、悪いもんに当たって吐いたりもした。
しばらく歩き続けると―
川があった。
水を浴びるように飲む。
とりあえず、今日はその近くで眠る事にした。
次の日。
川の魚を何とか捕まえて、焼いて食べた。
それがホントにうまくて………
少し涙が出た。
火のおこし方を知ってて良かった。
―そうして、[食べる]為に、森をさまよう日々を過ごした。
稀に人間に出くわす事もあったが、話しかける前に、俺の姿を見て、悲鳴をあげて逃げられた。
森から出た所にある村にも行ったが………
猟銃で殺されかけた。
その後、よく分からない連中に追い回されたりもしたが………
何とか逃げ切った。
吸血鬼は、忌み嫌われる存在。
人間に助けを求める事はできない。
俺は………………
何の為に……生きてるんだ………………?
それに答えてくれる者はいない。
ただ[命を繋ぐ]為だけに、永遠にも思える程、長い時を過ごした。
―あれから、一体………………
何十………何百年の月日が流れただろう。
自分が何でこんなにも[生きよう]としてるのかは、分からなかった。
ただ…………[生きていなけりゃいけない]
そんな気がする………
その気持ちだけで、生きてきた。
「………………………」
今日も、歩く死人のように、目的もなく………
森をさまよう。
天気が………いいな………………
木陰から、晴れた空を眺める。
「あんた……
吸血鬼だね?」
「!」
突然声を掛けられ、心臓が止まりそうになった。
思わず声の主を凝視する。
「……怖く、ないのか」
「―あたしが小さい頃住んでた村の近くにも、一人吸血鬼がいてね。
吸血欲を抑える調合薬と、血の代わりに飲める飲み薬を作って渡してた」
「……そうか…………」
「待ってな。
作り方は覚えてるから」
彼女が去ろうとするのを、慌てて手を上げて制止する。
人と話すのは………………
いつぶりだろうか。
俺が事情を話すと、疑う事も無く、彼女は話を聞き、心配してくれた。
それだけで救われた。
なのに―
自分の家にまで招き入れてくれた。
彼女が[神]ってやつに見えた。
「ちょっと、腕の傷を見るよ」
「あぁ……頼む」
「………………」
難しい顔をして、しばらく考え込む彼女。
その様子を、固唾を飲んで見守る。
「パリトキシンと、ドウモイ酸か………」
「……………?」
すると彼女は、テキパキと手際よくいろんな葉っぱやら花やらをすり合わせて、火をおこして湯を沸かし―
それを煎じたものを、俺の前に差し出した。
「飲みな」
「こ、これは………?」
「記憶を呼び戻す手助けができそうなハーブを調合して、作った薬さ」
「記憶が戻るのか!?」
「………………それは分からない。
あたしの薬は、あくまでも本人の[自然治癒力]を助けるものなんだ。
あとは、あんた次第」
「………………そうか」
受け取った薬を一気に飲み干す。
と、彼女が口を開いた。
「行くあてがないんだろ?
しばらくここにいるといいよ」
「………………いい、のか?
見ず知らずの俺を置いて………」
「いいのいいの!
あんた、悪いやつじゃないだろうし。
ちょうど人手が欲しかったんだよ。
……あたしはルシア。
あんたの名前は?」
「俺はヴァンだ。
すまん、世話になる」
彼女―
ルシアは、俺に希望の[光]を与えてくれた。
彼女の為に、そして、記憶を取り戻す為に………
精一杯の事をしていこうと、心に誓った。
それから、ルシアとの生活が始まった。
話し相手がいるってのは、本当に嬉しい。
俺が役に立てる事は何だってするつもりでいたから、畑仕事も苦無く頑張れた。
―そうしていつしか、彼女は俺にとって、何でも話せる家族みたいな存在になっていった。
そして、季節が一巡りした。
今日も、薬を貰いに村人がやってきた。
彼女は[白魔女]で、近くの村の[薬師]でもある。
ルシアが作る薬は、病気の症状を[悪]として抑えつけずに、身体の自然治癒力を助ける事を主とする。
自然と[共存]しながら生きてきた、白魔女ならではの考え方に基づくものだ。
村人はルシアに礼を言い、帰っていった。
次の日、村人がお礼として持ってきたのは、狩りに使う[弓矢]だった。
弓矢は、いらないんだが…………
………
……弓矢………………
「………………っ……」
それを見た時―
なぜか、腕の傷がズキリ、と痛んだ。
………………?
心臓が強く脈打ち始める。
何か、映像が………………
頭の中に………浮かんで………………………
「!!!」
その瞬間、今までの記憶が一気にフラッシュバックした。
衝撃で心臓が爆発しそうな程苦しく、過呼吸になる。
………息が………っ、できない……………!
「………………ヴァン?大丈夫……?」
「………………………い………だした」
「え?」
「思い、出した………………!!」
己の情けなさに、顔を両手の平で覆い、その場にしゃがみこんだ。
「思い出したって………全部かい!?」
言葉を発する事ができず、ただ頷く。
「俺は………………
今まで、何してたんだ………
とんだバカ野郎だ……………!!」
ルカイン………………………
すまない………………!!
俺は、手早く支度を済ませた。
「行かないと」
「ヴァン!どこに行くんだい?!」
心配そうな声色のルシアを不安にさせまいと、何とか笑顔を作って振り返る。
「俺をずっと………
待ってる、やつの所だ。
待ってくれてるかどうかは……分からんが」
彼女の目の前に右手を差し出す。
ルシアは、それを固く握り返してくれた。
「今まで世話になった。
本当に、ありがとう」
「それはお互い様。
あたしも、あんたがいてくれて助かったよ。
ありがとう」
「じゃあ………」
旅立とうとした俺の肩に、後ろからポン、と手が置かれた。
「!」
「あたしも一緒に行くよ。
ちゃんと見届けないと、心配でね」
ニッと歯を見せて笑う彼女に、俺も笑い返す。
「行こう」
「うん」
数日分の食料とランタンを持って、小屋を後にした。
夜になると現れる目印を辿り、ひたすら進み続ける。
「………………よし!ここだ!」
ヴァンが指差したのは、人一人が入れる程の大きな穴。
ランタンの灯りだけを頼りに、真っ暗で狭い穴に入っていく。
ほふく前進でしばらく進むと、開けた場所に出た。
人が住んでいた形跡がある。
ルシアが訝しげな表情で周りを見回す。
「吸血鬼はこんなとこに住んでるのかい。
大変だねぇ」
「なぁに、慣れれば快適だぞ」
「ここにヴァンが住んでたの?」
伏し目のヴァンは、寂しげな笑みを浮かべた。
「まぁ……
俺も住んでたんだが、ここは元々………
俺の命の恩人が、住んでいた場所なんだ」
そう答えると、いくつかある通路の内の一つを塞いでいる石板を、力ずくで何とかどかし―
その先を指差した。
「さぁ行こう、こっちだ」
ランタンの薄明かりが照らす地下通路を、彼に続いて歩く。
―少し進むと、すぐに分岐点がいくつも現れた。
が、ヴァンは迷うこと無く突き進む。
「まるで迷路みたいだね………
道は覚えてるのかい」
「あぁ。
目的地は、俺が前に住んでいた所だからな。
覚えていて当然だ」
「すごい記憶力だね………」
時間の感覚が無いから、どれくらい掛かったかは分からないが………
しばらくすると、別の開けた場所に出た。
俺がずっと前に住んでいた部屋だ。
最近まで、誰かが住んでいたような形跡はあった。
だが、部屋のロウソクに一つも灯りがついてないって事は………
今は住んでないんだろう。
「………………………………」
部屋を一巡し、椅子に座り込むヴァン。
「………大丈夫?」
「………………あぁ。
ただ………ここには、いない」
「あんたを待ってるってやつかい?」
無言で頷くヴァン。
落ち込む彼を励まそうと、ルシアは極力明るい声で元気付けた。
「そりゃ、何百年も経ってたら[引っ越し]くらいするよ。
別の所にいると思うけどね」
「………………それもそうだな。
ルシア、ありがとう」
「ふふっ、あたしは何もしてないよ」
少し元気を取り戻したヴァンが、椅子から立ち上がり、部屋のロウソクにランタンの火をともしていく。
明るくなった部屋の、それぞれの通路前の床を見回し始めた。
「ここからどの通路に進んだかさえ分かれば、新居の大体の見当は付くんだが………………?」
彼が、一つの通路前を見て、何かに気付く。
「これは…………………」
それは、侵入者用に昔張ってあった、鈴付きの罠の紐だった。
他の通路前の紐は、床に一の字の状態で置いてあるのに対し、その通路の紐だけ、奥の方に少し引きずられている。
「………ははっ……………全く。
自分が罠に掛かってたら世話ないな」
「………………?」
一人思い出し笑いを浮かべるヴァンに、クエスチョンマークを浮かべるルシア。
「………あぁ、すまん。昔の事を思い出してな。
向かった通路はこっちだ、行こう」
そうして、また迷路のような地下通路を進み始めた。
一時間程歩いただろうか。
先の方に、明かりが見えてきた。
「………………!」
「誰か住んでるみたいだね」
心なしか、早足になるヴァン。
それに遅れないよう、ルシアも続く。
辿り着いた先は、色とりどりの鮮やかなガラスランプが吊るされた部屋だった。
「わぁっ!?」
「だ、誰っ!?」
部屋に入って早々、賑やかな声に出迎えられたヴァンとルシア。
声の主を見ると―
一人は、人間ではなく、子供のような姿で、空中に浮いている。
それを見たルシアが小声で「かわいい……」と呟いた。
よく見ると、部屋の隅に、腕を組んで立つ黒髪で長髪の………目付きの悪い男もいる。
後一人は……………赤い瞳に白い髪。
吸血鬼………か?
それとも―
もしかすると、この子はルカインに………
ヴァンが思考を巡らせていた、その時―
部屋の奥から、見知った姿よりも成長した青年が現れた。
「どうしたんだ、ニア………………っ!!!」
ルカインにとって、久方ぶり、というには長過ぎる程の年月を経て現れた―
命の恩人。
衝撃のあまり、彼はその場に立ち尽くす。
そして―
ルカインの目から、みるみるうちに涙が溢れ出した。
嗚咽で詰まりそうな喉から、彼は何とか声を絞り出す。
「…っ………………ヴァン……なの、か…………!?」
コクリ……と、頷くヴァン。
ルカインは、ヴァンにヨロヨロと歩み寄り―
彼の両肩に手を置いて、俯いた。
床に、ポタリ、と涙が落ちる。
肩を大きく震わせて、泣き声混じりに言葉を紡いだ。
「どれだけ………っ、待ったか…………!!」
「………………………………すまん。
[迷子]になっててな」
照れ臭そうに頭を掻いて笑うヴァンに、涙を流すルカインは、いつもの彼とは違う、子供のような表情で笑った。
「一体、何百年………[迷子]してたんだよ」
「はは、ホントにそうだな。
待たせちまって………すまん」
ヴァンの謝罪に、彼は首をフルフルと横に振り………
泣きながら笑みを浮かべた。
「でも―
あの時の約束、守ってくれた。
本当に………………
生きてて、良かった………ヴァン」
二人の数百年越しの再会に―
ニアは涙目で微笑み、
ランプの精霊ミコールは「良かった……良かったねぇ」と号泣し、
悪魔のヴォルドは関心が無いのか、無表情だ。
ひとしきり泣き、やっと涙がおさまったルカインが、ヴァンに問う。
「あの後………何があったんだ?」
問われたヴァンは、ニヤリと笑みを浮かべた。
「あいつら、「手負いの獣が一番手強い」って事を知らなかったみたいでな。
お前を逃がした後、隠れ家から森に戻って待ち伏せして………
油断してるところをやっつけていった。
その後―
その魔女狩りのやつら三人全員の血を、無くなるまで吸って、半吸血鬼になった。
それで、命は何とか取り留めたんだが………」
そこで、ヴァンはルシアの方を一度見て、話を続けた。
「弓矢に塗られていたのが「記憶障害」を引き起こす毒だったみたいでな。
記憶を無くして、長いこと森をさ迷ってたんだが、彼女―
ルシアが、調合してくれた薬を飲み続けて、記憶が戻ったんだ。
全部ルシアのおかげだ」
事の経緯を聞き終えたルカインは、ルシアの方に向き直った。
「本当に………ありがとうございます。
何とお礼を言ったらいいか………」
「ううん。
あたしはただ、ヴァンの記憶が戻る手助けをしただけだよ。
最後は、本人の力で記憶を呼び戻したんだ」
黒い瞳を耀かせて微笑むルシア。
それに応えるように、ルカインはルシアに微笑み返した後―
ヴァンの顔をまじまじと見つめた。
「どうしたんだ?ルカイン」
「………半吸血鬼になったのに、ヴァンはなぜ歳を取っていないんだ?」
「あぁ、それか。
―俺は、魔女狩りのやつら三人の血を吸っただろ?
三人の内二人は、血を吸う前に死んでたし、後の一人は、俺に血を吸い尽くされて死んだ。
極限まで吸血した相手が死んじまった時は………
自分が半吸血鬼になれても、寿命は長いままだ。
だが、相手が死なずに、お互い半吸血鬼になった時は、吸血鬼は自らの命を相手に半分渡す事になる。
相手が人間の場合に限り、だがな。
だから人間と同じように、歳を取るようになるんだ。
………優しすぎるお前がその方法を選ぶ事は無いと思って、話さないでいた」
「……そうだったのか………」
フムフム、と頷くルカイン。
と、ルシアが手をひらひらさせて、来た通路に向かう。
「あたしは帰るよ。
ヴァンと、あんた……ルカインの再会を見届けられたからね。
もし薬が必要だったら、またおいで」
ルシアの思わぬブラックジョークに、苦笑いを浮かべるヴァン。
「いや、俺はもう必要ないぞ(^-^;」
その息ぴったりの掛け合いに、笑いが起こる。
その中で、ルカインを見つめて涙ぐみ、微笑むニア。
自分の命の恩人であるルカインの、さらに命の恩人が生きていた―
こんなに嬉しい事はない。
そうして、各々の命は、どこかで繋がっていくのだろう。
―季節は冬を迎えていたが、春のように温かな空気に包まれた、黒夢製作所だった。


