No.13 [囚われの身]


No.13 [囚われの身]
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うだるような暑さの、砂漠地帯の熱帯夜―
エキゾチックな美女に化けたオレは、人間の男の夢枕に立っていた。
……目的は、誘惑してその精気を吸い取るため。
精気を吸われてすっかり弱り、か細い寝息を立て眠り続ける男を尻目に―変身を解き、ほくそ笑む。
「ケケッ、チョロいな」
人間ってのはとかく誘惑に弱い。
その隙につけ込むのが悪魔の仕事って訳だ。
中でも―
不満を持ってる奴、愚痴ばっか言ってる奴には特に憑きやすくて助かる。
ホント、文句言ってオレらみたいなのを引き寄せてちゃ世話ねぇよな。
「次はどいつにするかな……」
大体の人間は深い眠りに入っているこの時間。
獲物選びはじっくりできる。
憑きやすそうな人間の気配を辿り、空中を漂う。
―程なくして、獲物はすぐに見つかった。
家の中を覗くと、部屋の隅に、どんより暗いオーラに包まれている男が寝ているのが見える。
……よっぽど常日頃から不平不満ばっかりなんだろうな、こいつ。
ま、こっちからしたら近付きやすくて好都合だからいいが。
と、男はオレの不穏な気配を感じたのか、眉間にシワを寄せてうなされ始めた。
「ククッ、心配すんな……
いい夢見せてやるよ」
そして、いつものごとく美女に変身しようとした、その時―
足元に、青白く光る魔方陣が現れた。
それと同時に、オレの身体は底無し沼にハマったみたいに、ゆっくり地面に吸い込まれていく。
―この召喚パターンは……知ってる。
悪魔にとって一番嫌なやつ。
「あ~…
マジかよ……」
その一言を置き土産にして、オレはその場から消え去った。
―召喚先の魔方陣に出て、視界が開ける。
そこにいたのは……
やたら元気な精霊と……吸血鬼、か?
何だ、人間が一人もいねぇ。
―まぁ、メンドくせぇ事に変わりはねぇけど。
挙げ句、チビの精霊は「おにいちゃん」とか言ってくるし……
と、腕組みをした偉そうな態度の白髪のガキが、これまた偉そ~に、オレに話し掛けてきやがった。
「何でここに呼ばれたか、分かるか?」
「……………あぁ。
メンドくせぇ事してくれたな、ったく……」
この召喚は―
前に一回やられた。
悪魔の魂を拘束して、使い魔にするっつうメチャクチャウザい術……
自分の身体のエネルギーを探る。
……胸の奥に違和感を感じた。
やっぱりな。
心臓……
人間で言う[魂]が欠けている。
オレの心臓の欠片は、消えた訳じゃなく、身体とは違う、別の何処か―
[ヨリシロ]ってやつに入れてあるらしい。
剥き出しのままならすぐに見つけられるが……
ヨリシロに入れられちまうと、エネルギーを辿れなくなる。
かといって、こいつらをヤるとヨリシロも消えて……
オレも消える事になる。
前に同じ術をやられた時にその決まりは聞いてたから、抵抗はしなかった。
あと、無駄なエネルギー使いたくねぇし。
こいつらの話の内容からして―
どっかの悪魔に目ぇつけられてて、目には目を……ってやつで、同じ悪魔を用心棒にしたかったらしい。
……ったく、こっちはいい迷惑だ。
「つーか、誰なんだよ、お前らに目ぇ付けてる悪魔って」
「ベルフェゴールとアスタロス」
白髪のスカしたガキの口から、とんでもねぇ名前が飛び出した。
あの性悪コンビの「ベルフェゴール」と「アスタロス」に目ェ付けられてるって……?
うわぁ………メンドくせぇ……
そいつらとガチで戦うとかマジ勘弁だな。
まぁでも、心臓の欠片握られてっから……しゃあないか。
はぁ…………
ニアってガキは、あいつらのヤバさを知らなかったみたいで、オレの話を聞いてだいぶヘコんだ。
ヘコみたいのはこっちだっつーの。
んで、ガキを励ます為か、チビ精霊が「幸せ」について語り出した。
「……………アホか」
ミコールってやつの話を聞きながら、ククッと喉の奥で笑う。
人間界以外の世界じゃ、当たり前の話だからな。
幸せを欲し過ぎて、欲に溺れたやつは結局、[今]あるもんより[無い]もんばっかりに意識がいきがちだ。
けど、強く意識したもんが現実化しやすいこの人間界じゃ、そりゃ自分の首を絞めるようなもんだろ。
一番いいのは「足るを知る」って精神状態。
……って、こう言うと
「じゃあ何も欲したらいけないのか」って言い出す、ゼロヒャク思考の極端な人間が必ずいるんだよな。
あ~、メンドくさ…
要は、足りないって不足感やら、他人に影響された不安からくる「欲しい」なのか、
それとも、純粋に自分の中から涌き出る「欲しい」、どっちなのかが大事ってことだな。
前者は「欲しい」って思い込んでるか、思わされてるだけ。
後者のは、今の自分に必要なものの可能性が高い。
必要なものってのは、時と共に変わるのが普通だし。
至極当たり前だが、ホントに必要なら求めりゃいい。
それが「不安」からくる「必要と思い込んでる」ものでないなら、だが。
結局、今の幸せに気付けるやつと、「今幸せ」って心から思ってるやつが、ホントに幸せになってくのかもな……
―そういうやつが、オレら悪魔が一番苦手なタイプだ。
幸せそうにしてる人間には、かなり近付きにくい。
ま、負の感情に飲み込まれてる人間のエネルギーは取りやすいから、人間にこれを教えるつもりはねぇけど。
ん、そういや……
一時期人間界で広まってた、欲しいもんを思う「引き寄せの法則」…だったか?
あれもなぁ……
即席で望みを叶える方法と勘違いしてるやつもいるが、あれは、[似たエネルギーのもん同士が引き寄せ合う]っつう法則なだけだろ。
つーか、「願い」を思えば思うほど、腹の底だと「その願いが叶ってない今の自分」に目がいっちまうやつが多いから、最終「叶ってない」を引き寄せて、逆効果なんじゃね?
ヤバ……ウケる。
自爆とか間抜け過ぎて笑えるわ。
その[引き寄せ]なんちゃらが役立つのは、それを心の底から信じられるやつ限定だな。
それに、いろんな法則が組み合わさってる人間界で、その法則だけ使ってうまくいくわけねーし。
「願っただけで望みが叶う」とか……
はぁ?んなわけあるか!
願っただけで金持ちにでも天才にでもなれんのか?
この物理次元じゃ、「行動」って[因]がなけりゃ、「結果」っつー[果]も大概出ない。
そんな事、マトモな頭で考えりゃすぐ分かる。
ったく、脳内お花畑かよ……
視線をあいつらの方に戻すと、ギャーギャーつるんでやがった。
あーうるせぇ……
ウザくて視線をすぐ別に向けた。
―使い魔にされちまったし、時間もいくらでもある。
こいつらが幸せになろうが何だろうが、知ったこっちゃねぇが―
どんな生き方をするか……
[ヨリシロ]を見つけ出すまで、ゆっくり見物しとくか。
笑い合うやつらを尻目に、一人薄い笑みを浮かべた。