No.3 [秘密のティーパーティ]

No.3 [秘密のティーパーティ]
¥333 SOLD OUT
ノアとイーユンは、時折二人だけで
[秘密のティーパーティー]を開催している。


その理由は、博士がいるとお菓子はあっという間になくなるし、ロカはハーブの匂いが苦手な為だ。





今日はそのティーパーティーの開催日。



所長のノアは結構楽しみにしているようで、朝から何となくご機嫌だ。


ティーパーティーで振る舞われる、イーユンお手製のハーブティーやお菓子もその理由の一つのようだが―
妖精界出身の彼は、お茶会の度に、妖精界にまつわる様々な話を聞かせてくれるからだ。





ティーパーティー開催場は、製作所二階、書庫の隣に位置する、ガラス張りの天井と壁にブラックアイアンの枠組みが映える、解放感溢れる広い角部屋―
いわゆるサンルームだ。

ここからは、ガーデニングが趣味の、イーユンご自慢の庭が一望できる。



午後三時の日差しが暖かい。






イーユンはこれまたご自慢のティーセットをテーブルに二人分準備し、上機嫌だ。



ノアの為に吟味した、自家製ドライハーブ等が入ったガラスポットに熱いお湯を注ぎ、すばやく蓋をする。


日の光を受けて透き通るポットの中で、茶葉や花が開き……見た目にも美しい。



ノアがそれを見つめる。






「―いつ見ても綺麗だね」

「お褒め頂き光栄です」



その様子を優しい眼差しで見ていたイーユンは、とても満足げだ。











数分後、あらかじめ暖めておいたティーカップに、丁寧にブレンドハーブティーを注ぐ。

部屋にハーブの芳香がフワリと広がった。


色とりどりの上品なお菓子も並べられ、お茶会の準備は整った。







「イーユン、いつもありがとう」

「こちらこそ、お側に置いて頂き、ありがとうございます」



二人はティーカップを持ち、お互いに向け軽く上げた。







「…美味しい」

「ふふっ、それは良かった」




ノアを真っ直ぐに見つめて微笑むイーユンは、暫しの沈黙の後―
ポツリと話し始めた。








「……まだ所長に話していませんでしたね。
なぜ、あなたの元に僕がある日突然、やってきたのかを」




遠い昔を思い出すように庭に目を遣りながら、話を続ける。







「実は……

所長が幼い子供だった頃から、僕はあなたの存在を知っていました」


「…えっ!?
イーユンがここに来たのは、数ヶ月前なのに……?」


「えぇ。

―僕が妖精界出身なのは、ご存知ですね?」





ノアがコクリと頷く。






「……元々妖精界に住んでいた僕は、人間界によく遊びに行っては見たものをいろいろ話してくる、妖精の知り合いがいました。

ある日、「面白い使命を持った人間を見つけた」と、その妖精から聞いたのです。
彼曰く、それは[夢と現実の狭間にあるものを具現化する]という人生のテーマだと。

―そう、そのテーマを持って生まれたのが所長、あなたでした」


「…!」



「僕の住んでいた妖精界も、[夢と現実の狭間にあるもの]と言える存在です。

そして、僕が持って生まれたテーマは[妖精界と人間界の架け橋になる]事でした。


―僕は何か運命を感じて、期が熟すのを、ずっと……待っていました」







ハーブティーを一口飲み、一呼吸置いたイーユンが、また話し出す。




「僕はその時、妖精界を出る事ができる年齢にまだ達していなかったので……
待っている間、その妖精に頼んでは様子を見に行ってもらい、あなたの話をいろいろ聞かせてもらいましたよ。

好きなもの、頑張っているもの、嬉しかった事、悲しかった事…………

いろんな事が、ありましたね」



彼はまるで、親が我が子の昔を懐かしむように、幸せそうに目を細めて笑う。






ティーカップを静かに置き、ノアはイーユンの話の続きを待つ。





「……そして、妖精界を出る事ができるようになり、遂に期が熟したあの日―
僕はあなたの元を訪れました。

普通は、僕のような外見の者が現れたら驚くはずなのに、所長は動じていませんでしたね」


「イーユンが来る何年か前に博士に出会って、今までの常識が通用しない存在や、世界があるのを知った後だったからね」

「ふふ、あの博士に出会った時はさぞ驚いた事でしょうね」

「確かに。本当にビックリしたよ」










少し間を置いて、イーユンがたずねた。





「僕が所長の元を訪れた時―
あなたに何と言ったか、覚えていますか?」









ノアは少しの間の後、ハッとして答えた。







「…「やっと、会えましたね」って……」




彼はニコリと笑った。






「あの時のあなたには、何の事かさっぱりだったでしょうが……
あの言葉は、心からのものでした」





席を立ったイーユンが、椅子に座っているノアに近づき、その目線に合わせるように片膝立ちになる。








「―僕は長い間ずっと、あなたに会えるのを待っていたんです」




彼は、長い指を揃えた手を自分の胸元に添え、優雅な微笑みを浮かべた。







「これからも、所長の助手をさせて頂けますか?」


「……………はい…っ」






イーユンが長い間自分を見守っていてくれた事を知り、思わず涙を溢すノア。



そんな所長の頭を、彼は、子供をあやすように優しく撫でる。





「ありがとう、本当に…」

「ふふっ、お礼を言うのは僕の方ですよ」









ハーブティーは少し冷めてしまったが―
ノアの胸の奥は、ふわりと温かくなったのだった。
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