No.12 [自由の身]



No.12 [自由の身]
¥1,222
SOLD OUT
ルカインとの出会いにより、命を救われたニア。
その後様々な偶然が重なり、久方ぶりに双子の兄弟―ノアと再会し、黒夢製作所の所長を務める事となる。
そんな彼には一つ、心配事があった―
草木も眠る丑三つ時―
ここは、白夢製作所の地下に位置する[黒夢製作所]。
「…………………………」
黒夢製作所には、前居住者が集めていたと思われる怪しげな物を、所狭しと飾っている一室がある。
ニアは、棚の上に並ぶ不思議な品々に被った埃を布で拭きながら、いつにも増して難しい顔をしていた。
同じく拭き掃除をしていた助手のルカインが、その様子に気付き声を掛ける。
「……?
どうしたんだ、ニア」
「えっ……
あ、いや…………
別に」
平静を装ってはいるが、明らかに動揺している。
そんな彼に、ルカインは穏やかな微笑みを向けた。
「……ニア。
何でも一人で抱え込む必要はないよ。
私は君の助手だ。
良ければ、話を聞かせてくれないか」
彼の優しく諭すような口調に心が緩んだのか、ニアは小さな声で胸の内を話し出した。
「前に……
僕に取り憑いてた、あの悪魔……
いなくなる時に「またな」って言ってただろ。
…………いつか、また…
本当に、来るんじゃないかって…………
そう思ったら……
怖いんだ」
以前体験した恐怖を思い出しているのか、一点を見つめてそう語るニアの顔は、真っ青になっている。
彼のその様子にいたたまれなくなったルカインは、安心させようと、ゆっくりと言葉を続けた。
「大丈夫。
人間ではなくなった君に、悪魔達は手出しできないよ」
そう言われたニアは、首を僅かに横に振り、小さな声で呟く。
「…………違う。僕じゃない。
心配なのは―
ノアの事だよ。
あいつは僕と違って、普通の人間だ。
もし、あの悪魔達が僕と繋がりのある、ノアの存在に気付いたら……
僕達への腹いせに、あいつが狙われるんじゃないか、って……」
「…………ふむ……
確かにその可能性は、否めないな……」
「……だろ?」
そう言った後、難しい顔のまま拭き掃除を再開したニアが、おもむろに手元の真鍮製の古い瓶の蓋を開けたその時―
突然、瓶の中からものすごい勢いで白い煙が吹き出した。
「!!」
「まさか、あいつらが……!?」
いよいよあの悪魔達が現れたのかと、二人は身構え、額に汗を浮かべて様子を伺う。
すると煙の中から、小さな何かが飛び出してきた。
「わぁ~い!出られた~っ!!」
予想とは全く違う展開に、拍子抜けしてポカン、とする、ニアとルカイン。
跳び跳ねて喜んでいたその小さな人物が、二人の姿を視界に捉え、軽快に自己紹介を始めた。
「はじめまして!ボクはミコール。
[ジン]っていう精霊だよ(*^-^*)」
「ジ、ジン……?」
あまりそのような存在に詳しくないニアが、頭の上に「?」を浮かべている。
「うん、そう!
[ランプの精]って言ったら、分かりやすいかな?」
「あぁ~……」
代表的な例を聞き、ニアはやっと相手が何なのかを理解した。
ニコニコ顔のミコールは話を続ける。
「ねぇ、君達の名前は?」
二人は名を問われ、戸惑いながらも答えた。
「僕はニア」
「私はルカインだ。どうぞよろしく」
名前を教えてもらったミコールはますます嬉しそうに笑う。
「そっかそっか!
ニアっち、ルカインだね。よろしく!」
「何だよ「ニアっち」って…」
おかしな呼び名を付けられたニアは、眉間にシワをよせている。
しかしミコールはそれを気にしていないようだ。
小さな瓶から現れた人物―ミコールに、至極真面目な顔のルカインが問う。
「……しかし、君はなぜ、瓶の中に閉じ込められていたんだ?」
その問いに、ミコールは眉を八の字に下げて事情を説明する。
「それがさぁ……
何百年か前、魔術師の人間に見つかってアレに閉じ込められちゃったんだ。
魔法でちょ~っと人間をからかっただけなのに……
酷いよね?もう…
暇すぎてほとんど寝てたもん……」
少しの間の後、「そうだ!」と、ミコールは何かを思い付いたようにパッと笑顔になった。
「助けてくれたお礼に、願いを一つ叶えてあげるよ!」
それを聞いたニアが、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ちょうど良かった。頼みたい願いがある」
「何でも言って!
…………あ。
ただ、「誰かを呪う」とか「やっつける」とか、意地悪な願いは叶えられないからね」
「あぁ、分かった」
ニアは腕を組んで暫しの間考え込んだ後、再びミコールに視線を戻して口を開いた。
「悪魔を一人、用心棒にしたい」
「ん~……いいけど………
悪魔を用心棒にしたいなんて、よっぽどヤバい事でもあるの?」
「まぁね」
と、ここで、横で静かにやり取りを聞いていたルカインが、初めて口を挟む。
「悪魔を用心棒にするのは……流石に危険ではないか?
彼らと[契約]をするからには、何か代償を支払う事になる」
ルカインの心配に、ミコールがニコリと笑って答えた。
「大丈夫!
これはボクが叶えてあげる[願い事]だから、悪魔との[契約]とはまた違う形になるよ」
「へぇ。
ならいいじゃん、ルカイン」
「………………」
尚も納得がいかない様子のルカインだったが、いかんせん悪魔への良い対策があるわけでもなく―
渋々了承したようで、小さく頷いた。
「…………あまり選びたくはない方法だが……
[毒を以て毒を制する]必要も、あるかもしれないな」
助手のルカインから承諾を得たニアは、口角を上げて僅かに笑い、ミコールに視線を向けた。
「じゃあ、頼む」
「はぁ~い♪」
と、ミコールは何かを思い出したようで人差し指を立てた。
「そうそう。
悪魔と契約はしないけど、1つ必要な物があるんだ」
「?」
「それはね……[依り代]」
「「ヨリシロ」……って、何?」
依り代について何も知らないニアに、ルカインが簡潔に説明をする。
「依り代とは、何らかの魂が宿った物の事だよ。
本当は精霊や神霊が宿っている場合にそう呼ぶんだが……
[何かを宿す]という意味でも使われるようだな」
「その通り。
「依り代」にね、今から用心棒にする悪魔の[魂]を閉じ込めるんだ。
もし依り代が壊れたりすれば、その悪魔の命も消えちゃう。
だから、悪魔はニアっちの言う事を聞かなきゃならなくなるし、「依り代」を持ってれば手出しもされない」
「ふぅ~ん……何気にやり方エグいな」
「「エグい」……?
ニア、それはどういう……」
謎のワードに困惑するルカインを置いて、話は進んでいく。
「何を依り代にするかは、ニアっちが心の中で決めたらいいよ。
それが依り代になるから、誰にも知られないようにね」
「分かった」
「……思い浮かべた?」
「あぁ」
「オッケー!
……ふふ、いい感じの[依り代]だね」
ミコールはニアが頭の中に思い浮かべている「依り代」が視えているらしく、少し遠くを眺めるような目線でニアを見て、「うんうん」と頷いた。
空中にフワリと浮いたミコールが、クルリと一回転してニコッと笑う。
「じゃあ始めるよ~!
ちなみに、どんな悪魔が呼び出されるかはボクも分かんないから、クレームは無しでお願いね☆」
「あぁ」
ニアの返事を聞き頷いたミコールが、人差し指を立てて床に向け、何やら図形を描きながら謎の呪文を唱え出した。
すると、何もなかった床に魔法円が現れ、円の真ん中に何かが形を現し始める。
徐々にその姿は明確になっていき―
ついに一人の悪魔が現れた。
その場に何とも不釣り合いな、ミコールの明るい声が響く。
『じゃじゃ~ん!
悪魔さん、召喚完了☆』
「……………………………………」
顔をしかめているその悪魔は、片手を腰に当て、至極不機嫌な様子だ。
長い黒髪を上の方で束ね、中東の民族衣装を思わせる出で立ちは、よく見るとミコールに似ている。
同じ地方の存在だろうか。
呼び出した本人のミコールは、予想もしていなかった自分に似ている悪魔の登場に、目を丸くして驚き、ポツリと呟く。
「……………おっ………おにい、ちゃん……?」
「誰が「おにいちゃん」だ!
お前は悪魔じゃねぇだろ」
何故か少し目を潤ませているミコールに、半ば呆れ気味の視線を向ける悪魔。
その様子を観察しつつ、ニアが悪魔に問う。
「何でここに呼ばれたか、分かるか?」
「……………あぁ。
メンドくせぇ事してくれたな、ったく……」
悪魔は大きなため息を一つつき、蛇のような鋭い眼光でニアを睨んだ。
「オレの魂………ヨリシロに捕まえたんだろ。
人間はホンっトにムチャクチャしやがる……」
「これで二回目だ」とぼやいて面倒そうな様子の悪魔は、どうやら前にも一度同じような目に遭っているのだろう。
足掻いても無駄だと知っているようで、何ら抵抗する素振りはない。
「ニア、本当にいいのか?
悪魔を用心棒にするなど……」
尚も心配するルカインの問いに、一つ頷くニア。
「前に悪魔―あいつらに取り憑かれてる時、分かった事があるんだ。
悪魔は同じ[悪魔]の気配に敏感で、近くに同族が来るとすぐに気付く事ができる、って」
「………そうか、それで悪魔を用心棒にしたんだな」
ニアが悪魔を呼んだ理由を知り、ルカインはようやく納得したようだ。
「あぁ。
もしまたあいつらが現れて、それが僕じゃなくてノアの所だったとしても、コイツがいたら気付けるってわけ」
「「コイツ」じゃねぇ。
オレの名前は「ヴォルド」だ」
ニアは悪魔の自己紹介をスルーしたが、ルカインの礼儀正しさは相手を問わないようで―
名を名乗ったヴォルドに微笑みかけた。
「そうか。
ヴォルド、私はルカインだ。
よろしく頼む」
「あ…………?……お、おぉ………」
悪魔という立場上、あまり丁寧に接される事が無かったのか、意外な対応に狼狽えるヴォルド。
それをごまかすかのように、呼び出した当の本人、ニアに問いかける。
「つーか、誰なんだよ、お前らに目ぇ付けてる悪魔って」
「ベルフェゴールとアスタロス」
「ベッ……!
う~わ、マジかよ……」
彼は、これから敵対する悪魔の名前を知り―
額に手を当ててため息をつき、首を左右に振った。
「…………だいぶヤベェぞ、それ」
「え……ヤバいの?」
ヴォルドの反応に、思わず聞き返すニア。
「同じ悪魔界隈でも性悪で有名だぞ、そいつら」
「そう、なのか……………………」
皆が深刻な顔をしていると、その重苦しい雰囲気を変えるかのように、ミコールが明るい声で話し出した。
「みんなそんな怖い顔ばっかりしてないでさ、もう少し気楽にいこうよ~」
ヘラっと笑い、ミコールは話を続ける。
「幸運ってね、ご機嫌な人が好きなんだ。
いつも不安になる事とか考えてたり……
怒ってたり、誰かを悪く言ったり思ったりしてばっかりじゃ、人と同じで幸せも逃げてっちゃうもん。
だからいつもニコニコして、ルンルンな気持ちでいた方がいいよ♪
……あ、悲しい事があっても泣くなって事じゃないよ?
そういう時は、ちゃんと悲しみきった方が癒されるから(^-^)」
「ニアっちもね~」と、人差し指を両頬に当て、首を傾げたミコールがヘラッと笑いかける。
そんなミコールに当のニアは「今そんな話する?」と言いたげな、怪訝な視線を送り、大袈裟に肩をすくめて見せた。
「……フン。悪かったな、不機嫌そうな顔で」
「ふふっ」
そのやり取りにルカインが微笑む。
ニアの不機嫌そうな様子などお構い無しに、ミコールは終始ご機嫌だ。
「ねぇねぇニアっち~、笑って見せてよ!」
「…………」
ミコールにせがまれ、仕方なく無理矢理笑って見せたニアの顔は……
笑顔というよりは、まるで吸血鬼が獲物を見つけた時のようだ。
「ニアっち……吸血鬼感がハンパないね」
「うわ~、悪魔にも引けを取らねぇ悪魔顔だな」
「……………(^-^;」
ミコールとヴォルドの的確な指摘に、さすがのルカインもフォローできず苦笑いだ。
「笑えって言っといて何だよ……」
皆につっこまれ、いつもの難しい表情に戻るニア。
と、唐突にミコールがニアに質問を投げ掛ける。
「ねぇねぇ、ニアっちは、幸せ?」
「え…?
………………まぁ………幸せ、かな」
「ふふっ、そっかぁ♪
それなら良かった」
ミコールは、見た目の幼さとは対称的な、子供を見守るような優しい笑みを浮かべて言葉を続ける。
「幸せってね、自分の外側で見つかるんじゃなくて、自分の内側に元々あって、それに気付くと、外側に溢れ出てくるの。
だからホントは、一人残らずみ~んな、幸せになれる力があるんだ。
でもね、人間がよくやっちゃうんだけど……
自分と他を比べると、何が[幸せ]なのか分かんなくなって、その力がなくなっちゃうかも?
そんな時は、自分がホントに心から[楽しい][幸せ]って感じる方が正解だよ。
他の人の[幸せ]と君の[幸せ]は、同じとは限らないし。
だからみんな、自分だけの[幸せ]を大切にしてたらいいと思う。
幸せを誰かに合わせる必要なんてないもん☆
でね、もし望む未来があるなら、
その幸せな気持ちのまま、理想の未来を想像する…
よりも、過去にあった事を思い出すみたいな感じで、既に起こった事として理想の未来を「思い出す」といいかも!」
常に楽しそうなミコールに、ルカインが優しく微笑んだ。
「君は本当にご機嫌だな」
「うん!ボクはいつもご機嫌だよ♪」
ミコールのその様子に、ニアが肩をすくめて一言小さく漏らす。
「……のんきな奴」
―こうして新たな存在が増え、少し賑やかになった黒夢製作所に、どこか嬉しそうにも見えるニアであった。