No.18[暁光]


No.18[暁光]
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──ある日の冬の寒空の下。
カンタとノザキは、初詣で神社に参拝に来ていた。
こぢんまりとした神社のためか、参拝者はこの二人だけで、境内は静まり返っている。
ノザキ「⋯⋯⋯誰もいないな」
カンタ「⋯ですね」
リュックを背負い直しながら歩くカンタ。
カンタ「僕たち、いつもは何かこう⋯
ファンタジーなものを運んで回ってますけど⋯⋯
こういう日本的なのも、いいですよね」
ふふっ、と笑ったカンタの息が白い。
ノザキ「⋯⋯確かに」
納得したように、深く頷くノザキ。
そんなやり取りをしつつ、賽銭箱の前に立ち、お賽銭を入れる二人。
並んで手を合わせて目を瞑り、暫し沈黙の時間が流れる。
──ゆっくりと目を開けたカンタは、一礼して振り返った。
カンタ「うわっ!!」
振り返った先、すぐ目の前に人が立っていて思わず飛び退くカンタ。
彼の反応に、その人物は驚いて目を見開いた。
「っ!
⋯⋯き、君⋯
私が、視えるのかい?」
カンタ「⋯え⋯?」
よく見ると、その人物は不思議な出で立ちをしている。
煌びやかな神職服のような格好に、白銀の長い髪、瞳は内側から輝くような金色だ。
しかも、身体が少し半透明に見える。
その様相と、自分が視認されたことに驚いた相手の反応から、カンタは「人ならざる者」だと気付く。
カンタ「───あ、あの⋯⋯
もしかして、あなたは⋯
人じゃない存在、ですか?」
目を見開いてこちらを見ていたその人物は、ハッとして、穏やかな笑顔を見せた。
「あ、あぁ。
⋯私の名は、暁。
とある御方の眷属だ」
「暁」と名乗るその存在は、カンタを興味深そうに見つめる。
暁「私が視えるなんて⋯
君、相当能力が強いね」
カンタ「え⋯?
そ、そう、なんですかね⋯
⋯⋯あ、ノザキさんは⋯」
ノザキ「視えてる」
カンタ「⋯⋯⋯⋯(^^;)」
至って冷静なノザキに、カンタは苦笑いを浮かべて若干引きつつ、暁に視線を戻す。
──暁は、カンタのリュックを凝視していた。
カンタ「⋯⋯あ、暁さん⋯?」
名前を呼ばれた暁は、カンタに視線を移す。
暁「君⋯
何やら、不思議なものを持っているね。
人間界のものではない⋯
それは⋯何だい?」
そう言って、暁は再びカンタのリュックを凝視した。
「人間界のものではない」という暁の言葉に、カンタは彼が何を見ているのかに気付く。
カンタ「リュックの中身⋯分かるんですか?」
その問いに、暁は優しく微笑む。
暁「私は、物体のエネルギーを読むのが得意でね。
君が持っているそれが何かは、正確には分からないんだが⋯
人間界のものでないのは確かだ。
⋯そんな不思議なエネルギーは、初めて見たよ」
興味津々といった様子で目を輝かせ、なおもカンタのリュックをまじまじと見つめる暁。
カンタは、暁のその様子が何だか可愛らしく見えてクスッと微笑みつつ、リュックを開けて中から標本瓶を取り出した。
カンタ「これは、「ガラスタケ」っていうキノコで⋯
ある人から預かったものなんです。
暁さんの言う通り、人間界のものじゃなくて、妖精界のものです。
実は僕たち⋯こういう不思議なものを世界中に運ぶ「運び屋」をしてるんです」
暁「妖精界⋯」
暁は、カンタの取り出したガラスタケを、目を見開いて凝視していたが、ハッと我に返り、穏やかな笑みを浮かべた。
暁「ありがとう。
⋯見れば見るほど、不思議なエネルギーだ。
これは、人間界の理[ことわり]の「外」にあるものだね。
─だとすると、この世界においてそれは「異物」として、存在を保てず⋯いずれ自然消滅してしまうのではないかい?」
ガラスタケを心配そうに見つめる暁に、カンタはニコッと笑いかける。
カンタ「普通はそうなるんだと思います。
⋯でも、今から僕たちがこれを届ける[白夢製作所]っていう所にいるノアさんなら、こういう不思議なものを「具現化」っていう能力で、この世界に存在させ続けられるんです」
暁「⋯⋯具現化⋯」
カンタの話を真剣に聞く暁。
ふと、何かを思いついたかのように顔を輝かせた。
暁「その[白夢製作所]⋯には、今から行くと言ったね?」
カンタ「え?は、はい」
暁「⋯⋯私も、同行させてはくれないだろうか」
カンタ「⋯⋯⋯えっ!?」
暁の突然の申し出に戸惑うカンタ。
どうしたものか、と、ノザキに視線を送る。
カンタ「ノザキさん⋯⋯どうしますか」
ノザキ「⋯⋯別に、連れて行ってもいいだろう。
どうせあの製作所は、元々いろんなやつがいる。
誰が来たって驚かないだろ」
カンタ「そ、そう、ですね⋯⋯」
小さく頷いたカンタは、暁に向き直ってフワッと笑った。
カンタ「じゃあ、一緒に行きましょう、暁さん」
暁「⋯ありがとう」
そうして、カンタとノザキは、暁という謎の存在を連れ、白夢製作所へと向かうことになった。
───数時間後、地図を片手に、ようやく三人は白夢製作所の前まで辿り着いた。
既に日も暮れ、空には星が見え始めている。
ノザキ「⋯⋯はぁ。
ここは、何で毎回場所が変わるんだ。
しかも、道に迷わないと辿り着かないなんて⋯
地図の意味ないだろ。
面倒すぎる⋯」
製作所への奇怪な道のりに文句を言うノザキ。
カンタ「まぁまぁ⋯⋯
毎回のことじゃないですか」
ノザキ「[毎回のこと]だからだ。
どうにかならないのか、この仕組み⋯」
暁「⋯⋯不思議だね。
世界の「境界線」にあるような場所だ」
二人の話をよそに、目の前に建つ製作所を興味深く眺める暁。
カンタ「[境界線]⋯?それって⋯」
暁の一言が気になったカンタがそれを問うが、疲弊した様子のノザキがカンタと暁の背中を押した。
ノザキ「とりあえず、中に入ろう」
暁「っ!
今⋯私の背中を、押したね?」
背中を押された暁が、とても驚いた様子でノザキを見る。
暁のあまりの驚きように、困惑するノザキ。
ノザキ「⋯背中を押したらダメなのか?」
暁「あ、いや⋯
そういうことではないんだ。
ただ⋯なぜ君が[私に触れることができたのか]と、驚いてね。
私は、物質ではないから」
そう言いつつ、指先を動かしてそれを不思議そうに見つめる。
暁「⋯何だろうか、この感覚は⋯」
カンタ「⋯⋯⋯あ、もしかして」
何かに気付いたカンタが、人差し指を立てた。
カンタ「多分、ノアさんの[具現化]の能力で、製作所の敷地に入った暁さんも今、この人間界に物質として[具現化]したんだと思います!」
ノザキ「⋯でも、変だな。
まだ若干透けて見える」
ノザキにそう言われ、カンタが暁をよく見ると⋯
確かに、[具現化]したであろう暁の身体は、なぜかまだほんの少し透けている。
カンタ「ん~、何で⋯?」
ノザキ「まぁいい。とりあえず、ノアに会わせたら分かるんじゃないか?」
カンタ「⋯そうですね。ここで考えてても仕方ないし、中に入りましょう。
鍵は、開いてるはず⋯」
そう言って、カンタは製作所の鉄扉をゆっくりと開けた。
彼らが事前に来ることを知ってか、鍵は開けてあったようだ。
─製作所の中は、静まり返っていた。
鉄扉の閉まる重い音だけが、製作所内に響く。
カンタ「⋯⋯誰もいない、ってことはないはず⋯」
ノザキ「⋯⋯?
庭の方から、話し声が聞こえる」
製作所内突き当たり、右奥の勝手口から、声の聞こえた庭に出てみる三人。
──そこでは、いつにも増して賑やかな光景が広がっていた。
所長のノア、
その助手のイーユンとロカ、
アーネスト博士と、風の妖精シルフ─
それに加えて、
ノアの双子の兄弟で黒夢製作所所長のニア、
助手のルカイン、
ランプの精霊ミコールと、
用心棒の悪魔ヴォルド。
「人種のるつぼ」ならぬ「種族のるつぼ」と化した庭では、各々好きな飲み物を手に、様々な洋菓子が並べられたテーブルを囲んでガヤガヤしている。
─と、ヴォルドを見た暁の纏う雰囲気が、瞬時に鋭いものに変わった。
暁「⋯っ!貴様、鬼か」
ヴォルド「あぁ?誰だコイツ」
穏やかだった空気が、一気に張り詰める。
事情が分からない状態の中、ノアがすかさず仲介に入った。
ノア「彼⋯ヴォルドは鬼ではなく、悪魔です。
私の双子の兄弟─そこにいるニアの、用心棒をしている使い魔なんです」
暁「⋯使い魔⋯⋯
式神のようなものか⋯」
ノア「そうですね、そんなところです。
⋯⋯あの、あなたは⋯?」
その謎の人物を連れてきたであろうカンタとノザキに、チラッと視線を送るノア。
カンタ「あ、この人は⋯
えっと、神社で出会った暁さんです。
何でも、ある方の眷属?をしてるとか⋯」
ノア「眷属⋯?」
ノアが頭の上に「?」を浮かべていると、ノザキが呆れたようにため息をついた。
ノザキ「で、何なんだ、この集まりは」
ノアはその様子にクスッと笑い、事情を説明する。
ノア「実はちょうど、夜のティーパーティーを始めたところなんです。
ニアとルカインは、陽の光に当たれないので⋯
夜に開催しようって話になって」
ニアは、何やら赤いハーブティーのような飲み物が入ったグラスを飲み干し、暁を見てニヒルな笑みを浮かべた。
ニア「そゆこと。
──ていうか、さっきから気になってるんだけど⋯
その暁って人、半透明に見えるの、僕だけ?」
ノア「⋯⋯⋯⋯え?」
きょとんとするノア。
しかし、ノア以外は全員暁が少し透明、もしくは半透明に見えているらしく、口々にニアに同意する。
困惑したノアは、とりあえずアーネスト博士に助言を求めた。
ノア「博士⋯これは、どういう状況だと思いますか?」
アーネスト「ふむ⋯⋯」
彼は顎に手を添えて暫し考えた後、身振り手振りをつけて、物理学者ならではの独自の推論を展開する。
アーネスト「もしかすると─
暁君は、我々の知覚できる帯域を遥かに超えた、高い周波数の存在かもしれないな。
この白夢製作所という空間自体が、ノアの能力によって現実と別次元の境界が曖昧な、一種の「次元の結節点」だ。
暁君がそこへ足を踏み入れたことで、君の具現化能力が暁君に干渉し、彼の周波数をこちらの世界へと引き込んだ。
しかし、完全には同調しきれていない。
例えるなら、テレビの選局がわずかにズレて、ノイズ混じりの映像が映し出されているような状態だな!
しかし、ノアはそのノイズをもろともしない程「視る」力が強い─
いわゆる[チューニング]できる故、暁君がハッキリと見えている、ということだろう。
彼はまだ「こちらの世界の法則」に完全には組み込まれていない、確率の揺らぎの中にいる存在なのだよ。
─そこでだ!
不確定な存在をこの世界に[具現化]する能力を持つノアが、彼という不確定な波動に直接触れることで、君の持つ「現実の質量」が彼へと伝播し、同期[シンクロナイズ]─
物理学的に言えば「強力な相互作用」を発生させ、彼のアウトラインをこちらの次元に完全に「固定」させる。
そうすれば、ここにいる全員に見える状態で顕現されるはずだ!」
『⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯』
アーネストの熱弁に、その場が静まり返り、全員がポカンとしている。
ニア「⋯⋯⋯どゆこと?」
アーネスト「つまり、ノアと暁君が物理的に直接接触すれば、他の皆にも完全に見えるようになるかもしれないということだ」
先程の熱弁とは対象的な、あまりにも簡潔なまとめに、ニアは盛大なため息をついた。
ニア「はぁ~⋯
初めっからそう言ってよ。
爺さんの説明、ムズいし長すぎ」
アーネスト「誰が爺さんだっ!全く⋯」
そうは言いつつも、アーネストは楽しそうだ。
彼は、戸惑うノアと暁に、ニカッと笑いかけた。
アーネスト「せっかくだから、握手を交わすことで接触してはどうかね」
暁「握手⋯?
あ、あぁ⋯
ノアさん、といったかな。よろしく頼む」
そう言って、慣れない様子で左手をノアの前に差し出した暁。
それを見てハッとしたノアは、微笑みながら言いづらそうに、暁のその挙動について言及する。
ノア「あ、暁さん⋯
えっと⋯⋯
握手は、右手で求めた方がいいかもしれません。
人によっては、左手の握手は「敵意」として捉えられてしまうこともあるので。
あ、私は気にしてないので大丈夫ですよ(^^)」
そう指摘された暁は、慌てて左手を引っ込めて右手を差し出した。
暁「す、すまない。
握手という挨拶は初めてで、勝手が分からず⋯」
ノア「いえいえ、どうぞお気になさらず」
二人が握手を交わした瞬間、暁の姿が完全に見えるようになり、皆口々に「おぉっ」と声をあげる。
その結果に、アーネストは大きく頷き満足気だ。
その中で、若干呆れ気味のニアが肩をすくめた。
ニア「⋯⋯ていうかさぁ、ノア。
その人が握手で挨拶するのなんて、どうせ今回ぐらいだろうし、そんなことわざわざ言わなくても良かったんじゃない?」
ノア「⋯あ⋯そうだね。
すみません、暁さん」
暁「いいや、こちらこそ⋯」
ノア「いえいえ、私の方こそ⋯」
何やら終わりそうにない謝り合いに、見かねたアーネストが割って入る。
アーネスト「ところで、暁君は、神社でカンタ君たちと出会ったということだが⋯
何か目的があって、そこにいたのかね?」
暁「⋯あぁ。
私は、ある使命を果たすため、全国を巡っている。
その道中、彼らに遭遇したんだ」
ノア「使命?」
暁は、一つ頷き、真っ直ぐにノアを見据えた。
暁「[この世界に、ご神気を広める]─
それが、私が担っている使命」
ノアの隣に立っていたニアが、暁の発した「ご神気」というワードに、訝しげな顔をする。
ニア「[ゴシンキ]って⋯
響きからして怪しくない?何なのそれ。宗教?
そういうの、苦手なんだけど」
暁「⋯いや、宗教ではないのだが」
苦笑いを浮かべた暁は、目を伏せて暫し考え込んだ後、視線をニアに戻した。
暁「そうだね⋯
君たちに分かりやすく言うならば─
「清浄な気」。
世界を生み出した、純度の高い光⋯
[宇宙の始まりのエネルギー]、とでも例えようか。
そのエネルギーを、爽やかな風のように感じる者もいる」
暁は、少し悲しげな笑みを浮かべて僅かに首を傾げた。
暁「その「ご神気」という言葉を、私利私欲の道具として利用し、悪巧みをする者も少なからずいてね。
怪しいと思われる原因にもなっている。
君がそう感じるのも無理はない。
だが本来、それは誰もが自然の中で無意識に存在を感じられるエネルギー。
一部の者だけが恩恵を受けたり、独占するものではないし、できるものでもない。
しかし──」
暁は目を伏せて小さくため息をつき、再び目線を上げた。
暁「その「気」が、今の人間界では枯渇している。
原因はいくつかあるが、生活様式の変化によって自然から離れたことが大きな要因だろう。
人は元々、自然と共に生きていた存在。
森羅万象への「敬意」と「愛」があった。
今、その心が失われつつある。
自然からの気が枯渇すると、人間は「不自然」な存在となっていく。
不自然な存在は、この地球にとって不自然な結果をもたらす。
私が仕える御方が守ろうとしているのは、
この大地─
そして、この地球。
人間たちに「気」を巡らせ、自然な存在に戻すことが、ひいてはこの地球を存続させることに繋がるんだ」
暫しの沈黙の後、暁は穏やかに微笑んで、再び口を開く。
暁「自然界には、既に「気」が満ちている。
気を広めるべきは人間界。
つまり、エネルギーを込めるものは、人間の側に常にあるものや、身に付けるものが最も望ましい」
ニア「ふ~ん⋯
じゃあ、人間が持ってるものに片っ端からその[ゴシンキ]を入れてったらいいじゃん」
ニアの提案に、暁は困ったような笑みを浮かべ、僅かに首を傾げた。
暁「ご神気というエネルギーは、器を選ぶエネルギーでね。
何にでも宿せるというわけではないんだ。
何と説明すればいいかな⋯
人間が生み出したものについては─
「純度の高い」ものでないと、エネルギーが定着しない。
全く心が込められていないもの、負の思いを元にして作られたものは、エネルギーの性質が違いすぎて、水と油のようにお互いを弾いてしまう。
つまり、性質の近いもの⋯
我欲の無い、純粋な[祈り]のような思いで生み出されたものにこそ、ご神気は宿せる。
私は、その器になり得るものを探しているんだ」
小さくため息をつき、目を伏せて黙り込む暁。
─と、シルフが唐突に話しかけてきた。
シルフ「ノアちゃんの作品に、そのエネルギーを込めればいいんじゃない?」
その言葉に、暁は視線をフッとノアに向けた。
暁「⋯⋯⋯ノアさんの、作品⋯?
もしよければ、それを拝見してもいいだろうか」
ノア「あ、はい、もちろんです!
ちょっと待っててくださいね」
そう言って、ノアは一人、勝手口から製作所内へと入っていった。
──数分後、いくつかの作品をアンティークなトレーに乗せて、皆のいる庭に戻ってきたノア。
ノア「今手元にあるのは、この子たちぐらいですね」
暁「⋯⋯⋯⋯」
暁は、トレー内の作品たちをじっと見つめ、暫し沈黙した後、感心したように頷いた。
暁「⋯⋯ノアさんの作品は、十分な[器]だ。
しかし⋯
既に、別の不思議なエネルギーが宿っている」
ノア「⋯⋯⋯⋯⋯?」
暁の言葉に、きょとんとするノア。
その様子を見ていたシルフが、クスッと笑いながら、ノアに近付いた。
シルフ「ふふっ、やっぱり気付いてなかったのね。
ノアちゃん⋯あなた、ただ作品だけを世に送り出してるわけじゃないのよ。
あなたの作品には─
あなたを媒体として、いろんな世界の「エネルギー」が込められているの。
妖精界と宇宙のが多いけどね。
そうして、いろんな人の所に、作品と一緒にエネルギーを届けてるの。
──それこそが、あなたの[具現化]の能力の真髄。
そして、その能力を持ってる理由でもある。」
ノア「⋯⋯⋯⋯」
それを聞いて唖然とし、言葉を失うノアの代わりに、苦笑するアーネストがシルフに問う。
アーネスト「⋯⋯シルフ。
なぜ、そんな大事なことを、今まで教えてくれなかったのだ」
少しの沈黙の後、瞬いたシルフがその問いに答えた。
シルフ「そうね⋯
今までは「伝える必要がなかった」からかしら。
ふふっ、物事には、伝えるべきタイミングがあるの。
⋯⋯ノアちゃん。
作品を作ってる時の感覚⋯独特でしょ」
ノアは、「なぜ知っているのか」といった様子で、驚いて目を見開く。
ノア「⋯⋯そうですね。
製作中は、何というか⋯
[自分]が消えて透明になって、世界に広がって溶けていく感覚、でしょうか。
⋯あ、作品のイメージに合わせて、祈りを込めて製作したりもしてます。
う~ん、言語化が難しい⋯」
それを聞いたニアが、先程のノアとそっくりな反応を示す。
ニア「え⋯⋯⋯ノアも?」
ノア「⋯⋯え⋯じゃあ、ニアも⋯?」
同じ顔で同じような表情を浮かべ、顔を見合わせる二人に、シルフはクスクスと笑って瞬いた。
シルフ「その時の二人はね、[エネルギーの導管]になってるの。
だから、[自分]が一時的になくなって、純粋な導管として、作品にエネルギーを宿してる」
呆気に取られている二人の心の内を察したかのように、シルフは説明を続ける。
シルフ「大丈夫。
作品を受け取っても、エネルギーを受け取りたくないって無意識に思ってる子には、何の作用も起こらないから。
それに、作品に宿ったエネルギーが悪さをすることはないわ。
一時的な好転反応はあるかもしれないけど。
それを受け取った子が必要なタイミング、必要な形で発動する─
時限爆弾みたいなものよ」
ニア「じ、時限爆弾って。例えが物騒⋯笑」
ニアの言葉に、楽しそうにクスクスと笑ったシルフは、暁のそばにフワリと近付いて瞬いた。
シルフ「ねぇ、ノアちゃんとニアちゃんの作品に、暁ちゃんのエネルギーも一緒に込めたらいいんじゃない?」
そのシルフの提案に、首を傾げるニア。
ニア「え⋯
もう別のエネルギー入ってるのに、さらに入れられるの?」
シルフ「ふふっ⋯ええ、入るわよ。
物質みたいな制限はないもの。
暁ちゃん、試してみて」
暁「⋯あぁ。
ノアさん、作品に触れてもいいかい?」
ノア「っあ、はい!どうぞ」
彼らの会話を静かに聞いていたノアは、突然声をかけられ、ハッとしてトレーを暁の前に差し出した。
暁「では⋯失礼するよ」
暁が作品にそっと触れる。
──すると、暁の指先に白金色の優しい光が現れ⋯
作品へと吸収されるようにゆっくり消えた。
シルフ「⋯⋯ね。入ったでしょ?」
ニア「⋯へぇ⋯!あれが、[ゴシンキ]⋯」
ニアの反応が面白かったのか、クスッと笑うシルフ。
その隣にいた暁は、懇願するような眼差しでノアとニアを見つめた。
暁「この出会いも何かの縁。
ぜひ、私たちの使命にご協力願いたい」
ノア「もちろんです。私でお役に立てるなら。
⋯⋯ニアは?」
ニア「ん~、別にいいけど。
てか、[私たち]って、他にも誰かいるの?」
怪訝な顔のニアに、暁は優しく微笑みかける。
暁「眷属仲間に「宵月」という者がいてね。
彼も、仕える御方は違うが、私と同じ使命を担っている。
⋯ノアさんの能力を、彼に伝えてもいいだろうか?」
ノア「あ⋯はい、大丈夫です」
ノアの同意を得た暁は穏やかに微笑み、懐から取り出した不思議な形をした紙に、何やら言葉を吹き込んだ。
ノア「⋯?それは⋯」
暁「あぁ、これはいわば「伝書鳩」のようなものだよ。
宵月への言伝を運んでもらう」
暁のその行動に、シルフが不思議がるような雰囲気で彼に問う。
シルフ「ねぇ、同族同士なら、テレパシーとかできるんじゃないの?」
その問いに、暁は困ったような顔で苦笑した。
暁「宵月はちょっと⋯性格にクセがあってね。
以前、神通力でやり取りするのが早いだろうと私が言ったら、「そんなのは雅じゃない」って⋯。
ふふっ、まぁ、そういう風情を大切にするやつだよ」
シルフ「あら⋯
じゃあ、その宵月って子は、きっとロマンチストなのね」
クスクスと楽しそうに笑うシルフ。
暁は、シルフの笑いにつられてクスッと微笑んだ後、その紙をフワッと空へ放った。
暁「頼んだよ」
すると、それは白い光の鳥のシルエットとなり─
音もなく羽ばたいて飛んで行った。
一同は、夜空に昇り消えていくその光の鳥を見送り、
夜のティーパーティーを再開するのだった──
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──ある日の冬の寒空の下。
カンタとノザキは、初詣で神社に参拝に来ていた。
こぢんまりとした神社のためか、参拝者はこの二人だけで、境内は静まり返っている。
ノザキ「⋯⋯⋯誰もいないな」
カンタ「⋯ですね」
リュックを背負い直しながら歩くカンタ。
カンタ「僕たち、いつもは何かこう⋯
ファンタジーなものを運んで回ってますけど⋯⋯
こういう日本的なのも、いいですよね」
ふふっ、と笑ったカンタの息が白い。
ノザキ「⋯⋯確かに」
納得したように、深く頷くノザキ。
そんなやり取りをしつつ、賽銭箱の前に立ち、お賽銭を入れる二人。
並んで手を合わせて目を瞑り、暫し沈黙の時間が流れる。
──ゆっくりと目を開けたカンタは、一礼して振り返った。
カンタ「うわっ!!」
振り返った先、すぐ目の前に人が立っていて思わず飛び退くカンタ。
彼の反応に、その人物は驚いて目を見開いた。
「っ!
⋯⋯き、君⋯
私が、視えるのかい?」
カンタ「⋯え⋯?」
よく見ると、その人物は不思議な出で立ちをしている。
煌びやかな神職服のような格好に、白銀の長い髪、瞳は内側から輝くような金色だ。
しかも、身体が少し半透明に見える。
その様相と、自分が視認されたことに驚いた相手の反応から、カンタは「人ならざる者」だと気付く。
カンタ「───あ、あの⋯⋯
もしかして、あなたは⋯
人じゃない存在、ですか?」
目を見開いてこちらを見ていたその人物は、ハッとして、穏やかな笑顔を見せた。
「あ、あぁ。
⋯私の名は、暁。
とある御方の眷属だ」
「暁」と名乗るその存在は、カンタを興味深そうに見つめる。
暁「私が視えるなんて⋯
君、相当能力が強いね」
カンタ「え⋯?
そ、そう、なんですかね⋯
⋯⋯あ、ノザキさんは⋯」
ノザキ「視えてる」
カンタ「⋯⋯⋯⋯(^^;)」
至って冷静なノザキに、カンタは苦笑いを浮かべて若干引きつつ、暁に視線を戻す。
──暁は、カンタのリュックを凝視していた。
カンタ「⋯⋯あ、暁さん⋯?」
名前を呼ばれた暁は、カンタに視線を移す。
暁「君⋯
何やら、不思議なものを持っているね。
人間界のものではない⋯
それは⋯何だい?」
そう言って、暁は再びカンタのリュックを凝視した。
「人間界のものではない」という暁の言葉に、カンタは彼が何を見ているのかに気付く。
カンタ「リュックの中身⋯分かるんですか?」
その問いに、暁は優しく微笑む。
暁「私は、物体のエネルギーを読むのが得意でね。
君が持っているそれが何かは、正確には分からないんだが⋯
人間界のものでないのは確かだ。
⋯そんな不思議なエネルギーは、初めて見たよ」
興味津々といった様子で目を輝かせ、なおもカンタのリュックをまじまじと見つめる暁。
カンタは、暁のその様子が何だか可愛らしく見えてクスッと微笑みつつ、リュックを開けて中から標本瓶を取り出した。
カンタ「これは、「ガラスタケ」っていうキノコで⋯
ある人から預かったものなんです。
暁さんの言う通り、人間界のものじゃなくて、妖精界のものです。
実は僕たち⋯こういう不思議なものを世界中に運ぶ「運び屋」をしてるんです」
暁「妖精界⋯」
暁は、カンタの取り出したガラスタケを、目を見開いて凝視していたが、ハッと我に返り、穏やかな笑みを浮かべた。
暁「ありがとう。
⋯見れば見るほど、不思議なエネルギーだ。
これは、人間界の理[ことわり]の「外」にあるものだね。
─だとすると、この世界においてそれは「異物」として、存在を保てず⋯いずれ自然消滅してしまうのではないかい?」
ガラスタケを心配そうに見つめる暁に、カンタはニコッと笑いかける。
カンタ「普通はそうなるんだと思います。
⋯でも、今から僕たちがこれを届ける[白夢製作所]っていう所にいるノアさんなら、こういう不思議なものを「具現化」っていう能力で、この世界に存在させ続けられるんです」
暁「⋯⋯具現化⋯」
カンタの話を真剣に聞く暁。
ふと、何かを思いついたかのように顔を輝かせた。
暁「その[白夢製作所]⋯には、今から行くと言ったね?」
カンタ「え?は、はい」
暁「⋯⋯私も、同行させてはくれないだろうか」
カンタ「⋯⋯⋯えっ!?」
暁の突然の申し出に戸惑うカンタ。
どうしたものか、と、ノザキに視線を送る。
カンタ「ノザキさん⋯⋯どうしますか」
ノザキ「⋯⋯別に、連れて行ってもいいだろう。
どうせあの製作所は、元々いろんなやつがいる。
誰が来たって驚かないだろ」
カンタ「そ、そう、ですね⋯⋯」
小さく頷いたカンタは、暁に向き直ってフワッと笑った。
カンタ「じゃあ、一緒に行きましょう、暁さん」
暁「⋯ありがとう」
そうして、カンタとノザキは、暁という謎の存在を連れ、白夢製作所へと向かうことになった。
───数時間後、地図を片手に、ようやく三人は白夢製作所の前まで辿り着いた。
既に日も暮れ、空には星が見え始めている。
ノザキ「⋯⋯はぁ。
ここは、何で毎回場所が変わるんだ。
しかも、道に迷わないと辿り着かないなんて⋯
地図の意味ないだろ。
面倒すぎる⋯」
製作所への奇怪な道のりに文句を言うノザキ。
カンタ「まぁまぁ⋯⋯
毎回のことじゃないですか」
ノザキ「[毎回のこと]だからだ。
どうにかならないのか、この仕組み⋯」
暁「⋯⋯不思議だね。
世界の「境界線」にあるような場所だ」
二人の話をよそに、目の前に建つ製作所を興味深く眺める暁。
カンタ「[境界線]⋯?それって⋯」
暁の一言が気になったカンタがそれを問うが、疲弊した様子のノザキがカンタと暁の背中を押した。
ノザキ「とりあえず、中に入ろう」
暁「っ!
今⋯私の背中を、押したね?」
背中を押された暁が、とても驚いた様子でノザキを見る。
暁のあまりの驚きように、困惑するノザキ。
ノザキ「⋯背中を押したらダメなのか?」
暁「あ、いや⋯
そういうことではないんだ。
ただ⋯なぜ君が[私に触れることができたのか]と、驚いてね。
私は、物質ではないから」
そう言いつつ、指先を動かしてそれを不思議そうに見つめる。
暁「⋯何だろうか、この感覚は⋯」
カンタ「⋯⋯⋯あ、もしかして」
何かに気付いたカンタが、人差し指を立てた。
カンタ「多分、ノアさんの[具現化]の能力で、製作所の敷地に入った暁さんも今、この人間界に物質として[具現化]したんだと思います!」
ノザキ「⋯でも、変だな。
まだ若干透けて見える」
ノザキにそう言われ、カンタが暁をよく見ると⋯
確かに、[具現化]したであろう暁の身体は、なぜかまだほんの少し透けている。
カンタ「ん~、何で⋯?」
ノザキ「まぁいい。とりあえず、ノアに会わせたら分かるんじゃないか?」
カンタ「⋯そうですね。ここで考えてても仕方ないし、中に入りましょう。
鍵は、開いてるはず⋯」
そう言って、カンタは製作所の鉄扉をゆっくりと開けた。
彼らが事前に来ることを知ってか、鍵は開けてあったようだ。
─製作所の中は、静まり返っていた。
鉄扉の閉まる重い音だけが、製作所内に響く。
カンタ「⋯⋯誰もいない、ってことはないはず⋯」
ノザキ「⋯⋯?
庭の方から、話し声が聞こえる」
製作所内突き当たり、右奥の勝手口から、声の聞こえた庭に出てみる三人。
──そこでは、いつにも増して賑やかな光景が広がっていた。
所長のノア、
その助手のイーユンとロカ、
アーネスト博士と、風の妖精シルフ─
それに加えて、
ノアの双子の兄弟で黒夢製作所所長のニア、
助手のルカイン、
ランプの精霊ミコールと、
用心棒の悪魔ヴォルド。
「人種のるつぼ」ならぬ「種族のるつぼ」と化した庭では、各々好きな飲み物を手に、様々な洋菓子が並べられたテーブルを囲んでガヤガヤしている。
─と、ヴォルドを見た暁の纏う雰囲気が、瞬時に鋭いものに変わった。
暁「⋯っ!貴様、鬼か」
ヴォルド「あぁ?誰だコイツ」
穏やかだった空気が、一気に張り詰める。
事情が分からない状態の中、ノアがすかさず仲介に入った。
ノア「彼⋯ヴォルドは鬼ではなく、悪魔です。
私の双子の兄弟─そこにいるニアの、用心棒をしている使い魔なんです」
暁「⋯使い魔⋯⋯
式神のようなものか⋯」
ノア「そうですね、そんなところです。
⋯⋯あの、あなたは⋯?」
その謎の人物を連れてきたであろうカンタとノザキに、チラッと視線を送るノア。
カンタ「あ、この人は⋯
えっと、神社で出会った暁さんです。
何でも、ある方の眷属?をしてるとか⋯」
ノア「眷属⋯?」
ノアが頭の上に「?」を浮かべていると、ノザキが呆れたようにため息をついた。
ノザキ「で、何なんだ、この集まりは」
ノアはその様子にクスッと笑い、事情を説明する。
ノア「実はちょうど、夜のティーパーティーを始めたところなんです。
ニアとルカインは、陽の光に当たれないので⋯
夜に開催しようって話になって」
ニアは、何やら赤いハーブティーのような飲み物が入ったグラスを飲み干し、暁を見てニヒルな笑みを浮かべた。
ニア「そゆこと。
──ていうか、さっきから気になってるんだけど⋯
その暁って人、半透明に見えるの、僕だけ?」
ノア「⋯⋯⋯⋯え?」
きょとんとするノア。
しかし、ノア以外は全員暁が少し透明、もしくは半透明に見えているらしく、口々にニアに同意する。
困惑したノアは、とりあえずアーネスト博士に助言を求めた。
ノア「博士⋯これは、どういう状況だと思いますか?」
アーネスト「ふむ⋯⋯」
彼は顎に手を添えて暫し考えた後、身振り手振りをつけて、物理学者ならではの独自の推論を展開する。
アーネスト「もしかすると─
暁君は、我々の知覚できる帯域を遥かに超えた、高い周波数の存在かもしれないな。
この白夢製作所という空間自体が、ノアの能力によって現実と別次元の境界が曖昧な、一種の「次元の結節点」だ。
暁君がそこへ足を踏み入れたことで、君の具現化能力が暁君に干渉し、彼の周波数をこちらの世界へと引き込んだ。
しかし、完全には同調しきれていない。
例えるなら、テレビの選局がわずかにズレて、ノイズ混じりの映像が映し出されているような状態だな!
しかし、ノアはそのノイズをもろともしない程「視る」力が強い─
いわゆる[チューニング]できる故、暁君がハッキリと見えている、ということだろう。
彼はまだ「こちらの世界の法則」に完全には組み込まれていない、確率の揺らぎの中にいる存在なのだよ。
─そこでだ!
不確定な存在をこの世界に[具現化]する能力を持つノアが、彼という不確定な波動に直接触れることで、君の持つ「現実の質量」が彼へと伝播し、同期[シンクロナイズ]─
物理学的に言えば「強力な相互作用」を発生させ、彼のアウトラインをこちらの次元に完全に「固定」させる。
そうすれば、ここにいる全員に見える状態で顕現されるはずだ!」
『⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯』
アーネストの熱弁に、その場が静まり返り、全員がポカンとしている。
ニア「⋯⋯⋯どゆこと?」
アーネスト「つまり、ノアと暁君が物理的に直接接触すれば、他の皆にも完全に見えるようになるかもしれないということだ」
先程の熱弁とは対象的な、あまりにも簡潔なまとめに、ニアは盛大なため息をついた。
ニア「はぁ~⋯
初めっからそう言ってよ。
爺さんの説明、ムズいし長すぎ」
アーネスト「誰が爺さんだっ!全く⋯」
そうは言いつつも、アーネストは楽しそうだ。
彼は、戸惑うノアと暁に、ニカッと笑いかけた。
アーネスト「せっかくだから、握手を交わすことで接触してはどうかね」
暁「握手⋯?
あ、あぁ⋯
ノアさん、といったかな。よろしく頼む」
そう言って、慣れない様子で左手をノアの前に差し出した暁。
それを見てハッとしたノアは、微笑みながら言いづらそうに、暁のその挙動について言及する。
ノア「あ、暁さん⋯
えっと⋯⋯
握手は、右手で求めた方がいいかもしれません。
人によっては、左手の握手は「敵意」として捉えられてしまうこともあるので。
あ、私は気にしてないので大丈夫ですよ(^^)」
そう指摘された暁は、慌てて左手を引っ込めて右手を差し出した。
暁「す、すまない。
握手という挨拶は初めてで、勝手が分からず⋯」
ノア「いえいえ、どうぞお気になさらず」
二人が握手を交わした瞬間、暁の姿が完全に見えるようになり、皆口々に「おぉっ」と声をあげる。
その結果に、アーネストは大きく頷き満足気だ。
その中で、若干呆れ気味のニアが肩をすくめた。
ニア「⋯⋯ていうかさぁ、ノア。
その人が握手で挨拶するのなんて、どうせ今回ぐらいだろうし、そんなことわざわざ言わなくても良かったんじゃない?」
ノア「⋯あ⋯そうだね。
すみません、暁さん」
暁「いいや、こちらこそ⋯」
ノア「いえいえ、私の方こそ⋯」
何やら終わりそうにない謝り合いに、見かねたアーネストが割って入る。
アーネスト「ところで、暁君は、神社でカンタ君たちと出会ったということだが⋯
何か目的があって、そこにいたのかね?」
暁「⋯あぁ。
私は、ある使命を果たすため、全国を巡っている。
その道中、彼らに遭遇したんだ」
ノア「使命?」
暁は、一つ頷き、真っ直ぐにノアを見据えた。
暁「[この世界に、ご神気を広める]─
それが、私が担っている使命」
ノアの隣に立っていたニアが、暁の発した「ご神気」というワードに、訝しげな顔をする。
ニア「[ゴシンキ]って⋯
響きからして怪しくない?何なのそれ。宗教?
そういうの、苦手なんだけど」
暁「⋯いや、宗教ではないのだが」
苦笑いを浮かべた暁は、目を伏せて暫し考え込んだ後、視線をニアに戻した。
暁「そうだね⋯
君たちに分かりやすく言うならば─
「清浄な気」。
世界を生み出した、純度の高い光⋯
[宇宙の始まりのエネルギー]、とでも例えようか。
そのエネルギーを、爽やかな風のように感じる者もいる」
暁は、少し悲しげな笑みを浮かべて僅かに首を傾げた。
暁「その「ご神気」という言葉を、私利私欲の道具として利用し、悪巧みをする者も少なからずいてね。
怪しいと思われる原因にもなっている。
君がそう感じるのも無理はない。
だが本来、それは誰もが自然の中で無意識に存在を感じられるエネルギー。
一部の者だけが恩恵を受けたり、独占するものではないし、できるものでもない。
しかし──」
暁は目を伏せて小さくため息をつき、再び目線を上げた。
暁「その「気」が、今の人間界では枯渇している。
原因はいくつかあるが、生活様式の変化によって自然から離れたことが大きな要因だろう。
人は元々、自然と共に生きていた存在。
森羅万象への「敬意」と「愛」があった。
今、その心が失われつつある。
自然からの気が枯渇すると、人間は「不自然」な存在となっていく。
不自然な存在は、この地球にとって不自然な結果をもたらす。
私が仕える御方が守ろうとしているのは、
この大地─
そして、この地球。
人間たちに「気」を巡らせ、自然な存在に戻すことが、ひいてはこの地球を存続させることに繋がるんだ」
暫しの沈黙の後、暁は穏やかに微笑んで、再び口を開く。
暁「自然界には、既に「気」が満ちている。
気を広めるべきは人間界。
つまり、エネルギーを込めるものは、人間の側に常にあるものや、身に付けるものが最も望ましい」
ニア「ふ~ん⋯
じゃあ、人間が持ってるものに片っ端からその[ゴシンキ]を入れてったらいいじゃん」
ニアの提案に、暁は困ったような笑みを浮かべ、僅かに首を傾げた。
暁「ご神気というエネルギーは、器を選ぶエネルギーでね。
何にでも宿せるというわけではないんだ。
何と説明すればいいかな⋯
人間が生み出したものについては─
「純度の高い」ものでないと、エネルギーが定着しない。
全く心が込められていないもの、負の思いを元にして作られたものは、エネルギーの性質が違いすぎて、水と油のようにお互いを弾いてしまう。
つまり、性質の近いもの⋯
我欲の無い、純粋な[祈り]のような思いで生み出されたものにこそ、ご神気は宿せる。
私は、その器になり得るものを探しているんだ」
小さくため息をつき、目を伏せて黙り込む暁。
─と、シルフが唐突に話しかけてきた。
シルフ「ノアちゃんの作品に、そのエネルギーを込めればいいんじゃない?」
その言葉に、暁は視線をフッとノアに向けた。
暁「⋯⋯⋯ノアさんの、作品⋯?
もしよければ、それを拝見してもいいだろうか」
ノア「あ、はい、もちろんです!
ちょっと待っててくださいね」
そう言って、ノアは一人、勝手口から製作所内へと入っていった。
──数分後、いくつかの作品をアンティークなトレーに乗せて、皆のいる庭に戻ってきたノア。
ノア「今手元にあるのは、この子たちぐらいですね」
暁「⋯⋯⋯⋯」
暁は、トレー内の作品たちをじっと見つめ、暫し沈黙した後、感心したように頷いた。
暁「⋯⋯ノアさんの作品は、十分な[器]だ。
しかし⋯
既に、別の不思議なエネルギーが宿っている」
ノア「⋯⋯⋯⋯⋯?」
暁の言葉に、きょとんとするノア。
その様子を見ていたシルフが、クスッと笑いながら、ノアに近付いた。
シルフ「ふふっ、やっぱり気付いてなかったのね。
ノアちゃん⋯あなた、ただ作品だけを世に送り出してるわけじゃないのよ。
あなたの作品には─
あなたを媒体として、いろんな世界の「エネルギー」が込められているの。
妖精界と宇宙のが多いけどね。
そうして、いろんな人の所に、作品と一緒にエネルギーを届けてるの。
──それこそが、あなたの[具現化]の能力の真髄。
そして、その能力を持ってる理由でもある。」
ノア「⋯⋯⋯⋯」
それを聞いて唖然とし、言葉を失うノアの代わりに、苦笑するアーネストがシルフに問う。
アーネスト「⋯⋯シルフ。
なぜ、そんな大事なことを、今まで教えてくれなかったのだ」
少しの沈黙の後、瞬いたシルフがその問いに答えた。
シルフ「そうね⋯
今までは「伝える必要がなかった」からかしら。
ふふっ、物事には、伝えるべきタイミングがあるの。
⋯⋯ノアちゃん。
作品を作ってる時の感覚⋯独特でしょ」
ノアは、「なぜ知っているのか」といった様子で、驚いて目を見開く。
ノア「⋯⋯そうですね。
製作中は、何というか⋯
[自分]が消えて透明になって、世界に広がって溶けていく感覚、でしょうか。
⋯あ、作品のイメージに合わせて、祈りを込めて製作したりもしてます。
う~ん、言語化が難しい⋯」
それを聞いたニアが、先程のノアとそっくりな反応を示す。
ニア「え⋯⋯⋯ノアも?」
ノア「⋯⋯え⋯じゃあ、ニアも⋯?」
同じ顔で同じような表情を浮かべ、顔を見合わせる二人に、シルフはクスクスと笑って瞬いた。
シルフ「その時の二人はね、[エネルギーの導管]になってるの。
だから、[自分]が一時的になくなって、純粋な導管として、作品にエネルギーを宿してる」
呆気に取られている二人の心の内を察したかのように、シルフは説明を続ける。
シルフ「大丈夫。
作品を受け取っても、エネルギーを受け取りたくないって無意識に思ってる子には、何の作用も起こらないから。
それに、作品に宿ったエネルギーが悪さをすることはないわ。
一時的な好転反応はあるかもしれないけど。
それを受け取った子が必要なタイミング、必要な形で発動する─
時限爆弾みたいなものよ」
ニア「じ、時限爆弾って。例えが物騒⋯笑」
ニアの言葉に、楽しそうにクスクスと笑ったシルフは、暁のそばにフワリと近付いて瞬いた。
シルフ「ねぇ、ノアちゃんとニアちゃんの作品に、暁ちゃんのエネルギーも一緒に込めたらいいんじゃない?」
そのシルフの提案に、首を傾げるニア。
ニア「え⋯
もう別のエネルギー入ってるのに、さらに入れられるの?」
シルフ「ふふっ⋯ええ、入るわよ。
物質みたいな制限はないもの。
暁ちゃん、試してみて」
暁「⋯あぁ。
ノアさん、作品に触れてもいいかい?」
ノア「っあ、はい!どうぞ」
彼らの会話を静かに聞いていたノアは、突然声をかけられ、ハッとしてトレーを暁の前に差し出した。
暁「では⋯失礼するよ」
暁が作品にそっと触れる。
──すると、暁の指先に白金色の優しい光が現れ⋯
作品へと吸収されるようにゆっくり消えた。
シルフ「⋯⋯ね。入ったでしょ?」
ニア「⋯へぇ⋯!あれが、[ゴシンキ]⋯」
ニアの反応が面白かったのか、クスッと笑うシルフ。
その隣にいた暁は、懇願するような眼差しでノアとニアを見つめた。
暁「この出会いも何かの縁。
ぜひ、私たちの使命にご協力願いたい」
ノア「もちろんです。私でお役に立てるなら。
⋯⋯ニアは?」
ニア「ん~、別にいいけど。
てか、[私たち]って、他にも誰かいるの?」
怪訝な顔のニアに、暁は優しく微笑みかける。
暁「眷属仲間に「宵月」という者がいてね。
彼も、仕える御方は違うが、私と同じ使命を担っている。
⋯ノアさんの能力を、彼に伝えてもいいだろうか?」
ノア「あ⋯はい、大丈夫です」
ノアの同意を得た暁は穏やかに微笑み、懐から取り出した不思議な形をした紙に、何やら言葉を吹き込んだ。
ノア「⋯?それは⋯」
暁「あぁ、これはいわば「伝書鳩」のようなものだよ。
宵月への言伝を運んでもらう」
暁のその行動に、シルフが不思議がるような雰囲気で彼に問う。
シルフ「ねぇ、同族同士なら、テレパシーとかできるんじゃないの?」
その問いに、暁は困ったような顔で苦笑した。
暁「宵月はちょっと⋯性格にクセがあってね。
以前、神通力でやり取りするのが早いだろうと私が言ったら、「そんなのは雅じゃない」って⋯。
ふふっ、まぁ、そういう風情を大切にするやつだよ」
シルフ「あら⋯
じゃあ、その宵月って子は、きっとロマンチストなのね」
クスクスと楽しそうに笑うシルフ。
暁は、シルフの笑いにつられてクスッと微笑んだ後、その紙をフワッと空へ放った。
暁「頼んだよ」
すると、それは白い光の鳥のシルエットとなり─
音もなく羽ばたいて飛んで行った。
一同は、夜空に昇り消えていくその光の鳥を見送り、
夜のティーパーティーを再開するのだった──
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