No.7 [二極性]


No.7 [二極性]
¥777
SOLD OUT
俺の名はグラシュティン。
普段は漆黒の馬の姿をしていて、引き締まった体躯と、美しいたてがみが自慢だ。
人間の姿にも化ける事ができる俺は、時々女を誘惑して遊びまわる。
まぁ、趣味みたいなもんだ。
その趣味と見た目のせいで、悪魔と勘違いされる時もあるけどな。
そうして暇を持て余していた俺に、ある日、妖精界では有名な[アーネスト]という赤毛の人間から声が掛かった。
「ここにいたのかね、女好きのグラシュティン!探したぞ~(о´∀`о)」
当たっちゃいるが、一言目から失礼な奴だ。
馬の姿だった俺はブルルル、と鼻を鳴らした。
そいつは、ヘラっとした顔をこっちに向けた。
「どうせ君は暇だろう?
ちょっと面白い事をしてみないかね?」
ったく、一言多いな。
「………面白い事?」
「最近[運び屋]になった人間の、パートナーになって欲しいのだよ」
「……メンドくさ。そんなのやらねーよ」
[運び屋]の存在は俺も知っている。
人間界で裏市場のブツを運ぶ奴等。
粗方、馬の姿の俺を足にしようって魂胆だろう。
「……………一番初めの運び先は[エルファロ]という店なのだが」
「っ!」
こいつ、あの事を知ってるのか…?
「……その話、乗った」
「おぉ~!そうかねそうかね!
ならば、後日また!」
そう言ってアーネストはさっさと去っていった。
「あの事」って言うのは、俺がその[エルファロ]の女店主[メローナ]を知ってるって事だ。
チッ、誰かバラしやがったな…
……まぁ正確には、知ってるっていうより―
俺の……
片思い、だろうな。
随分前、「たまには人間界で散歩でもするか」と、馬の姿で走り回っていた月明かりの夜、彼女を見かけた。
高台から見える静かな海を、彼女は、ただただ眺めていた。
その横顔が、何ていうか……
とても愛しいものを見つめる優しさに溢れていて、俺は柄にもなく一目惚れしちまった。
不思議なもんで、どうでもいい女には簡単につるめるのに、ホントに好きな女だと手を出せないどころか、声も掛けられなくなる。
……緊張するからだろうな。
しばらく彼女を見つめた後―
気付かれないよう、そっと踵を返してその場を去った。
その後、妖精の仲間に聞いて回り、彼女の名前が[メローナ]だと知った。
そんで、また会いに行こうかと悩んでいた矢先―
さっきの話を持ち掛けられたって訳だ。
「タイミングがいいんだか、悪ぃんだか…」
俺は一つ大きなため息をついて、彼女の横顔を思い出していた。
―後日、例の人間の運び屋を紹介された。
アーネストに聞かされていたんだが、名前はノザキというらしい。
…少し無愛想だが、悪い奴じゃなさそうだな。
自分の名を名乗りながらそう思った。
聞いていた通り、今回の運び先は港町の高台にある店[El Faro]だ。
パートナーのノザキを乗せ、俺は颯爽と彼女の営む店へ向かった。
―俺は、人間界の馬とは比べ物にならない程早く駆ける。
なぜなら、空を飛ぶからだ。
数十分で目的地に着いた。
妖精界から人間界へ移動する時のタイムラグもあってか、時刻は真夜中の0時半。
ちょうどいい頃合いだ。
そろそろ開店しているだろう。
俺は人間の姿に化け、ノザキが店のドアを開ける。
ドアベルがチリリン、と小気味良い音を立てた。
「いらっしゃい。
……ふふ、初めてのお客様ね。」
美しい顔に優雅な笑みを浮かべた彼女に、心臓がドキンと跳ねる。
メローナに初めて会ったノザキは、背中に羽の生えた彼女を見て一瞬驚いたようだったが、すぐにいつもの真顔に戻った。
「……俺達は客じゃない。運び屋だ」
相変わらず無愛想なノザキが、バッグから銀色のケースに入った物を、カウンターにいるメローナに手渡した。
「そう、あなた達だったのね。
アーネスト博士から話は聞いているわ」
渡されたケースを開け中身を確認すると、中に入っている欠片を優しく撫で、ふふ、と楽しそうに笑みを溢す。
そんな彼女に見とれていた。
「今回も、とても素敵な物語達ね。
ありがとう」
と、メローナは何かを思い出したようでノザキに問う。
「博士の側にいつもいる彼女、シルフと……ノアさんは元気かしら?」
「シルフ……?
あぁ、あの喋る光の事か。
鬱陶しいくらい元気だったぞ。
ノアって奴は誰だか知らないが」
「……そう。それならいいの」
光を集めた宝石のような目を細め、彼女は微笑んだ。
あのシルフとメローナはきっと友達なんだろう。
実は、ノアって奴の事は知ってる。
アーネストが、そいつと、猫とウサギの助手二人を連れて妖精界に来た時、俺はちょうど近くにいた。
そのノアってのは、見た目じゃ男か女か分かんなかったから、とりあえず手を出そうとしたら……
助手二人から全力のダブルラリアットを食らわされた。
あれはホントに痛かった。マジで。
もう奴等と関わりたくなかった俺は、何も言わず黙っていた。
「じゃあ、渡す物も渡したし、俺達はこれで」
用は済んだ、と言わんばかりに、店に到着してものの数分でその場を去ろうとするノザキ。
おいおい……ビジネスライク過ぎだろ。
「ちょ…待て、ノザキ」
「何だ、グラシュティン。
渡しそびれた物でもあるのか」
「あ~、そうじゃないんだけどな…
その……
メローナ、あんたと話がしたいと思って」
声がうわずった。
いつもの女慣れした俺はどこに行ったんだ。
そんな俺を見て彼女はニコリと笑い、カウンターの席を立った。
「お話するのは好きよ。
海を見ながらでもいいかしら」
そう言って外を指し示す。
「ミスターノザキ。
待たせてしまって悪いのだけど、カウンターに座って待って頂いても?」
「あぁ。大丈夫だ」
ノザキはカウンターにドカッと座って腕組みをした。
俺は、メローナの後に続いて外に出た。
店の近くの草むらに、並んで腰掛ける。
―見上げれば、満天の星。
夜の潮風の香りと、波の音が心地良い。
高台の下には、まばらな街の灯りが見える。
彼女は、前に見たあの優しい眼差しで、その景色を眺めていた。
「私、海が好きなの。
あなたは?」
「……俺も、好きだ」
「ふふ、良かった」
海の話だってのに「好き」っていう単語にドキドキする。
…はぁ、子供じゃあるまいし。
しばし沈黙が続いた。
「……俺、実はあんたを前に見かけた事があるんだ」
彼女は微笑んで、話の続きを待っていた。
「その日からずっと、あんたの事が好きだった。
………メローナ、好きだ」
早くも自分の気持ちを口走ってしまった。
焦り過ぎだ。
優しい笑みを浮かべたまま、彼女は答えた。
「ありがとう。
でも………
あなたの気持ちには、応えられないわ」
「……っ」
「あなたが嫌いとか、そういう事じゃないの」
「じ、じゃあ…」
「私は、この世界のみんなに[愛]を届ける存在。
一人だけを好きでいる事はできない」
俺に向けられた、強い意思を持って輝く瞳が、心臓を鷲掴みにする。
「一人だけ好きじゃ、ダメなのかよ……っ!」
女を知らねぇクソガキみたいなセリフを吐いた自分に驚いた。
メローナは、穏やかな微笑みを浮かべたまま答える。
「好意を向けてくれる相手や、
好きな相手に優しくしたり、愛したりできるのは、当たり前の事よ。
本当の[愛]は、自分にとっての敵―
例えば、傷付けてくるような相手にさえ、その眼差しを向けるものなの。
でも、嫌な事をされるがままでいていいわけじゃない。
不当な扱いを受け入れる必要はないわ。
逃げてもいい。
自分を守るのも大事な[愛]だから」
そう言って彼女は、遠くにうっすら見える水平線を見つめながら、続けた。
「………私は前世で、愛した人間の男に裏切られ、傷付けられて絶望し―
自らの手で生を閉じた」
「……!」
「……でも、私は今、彼の事を恨んではいないわ。
あの人はただ「可哀想な人」だったのよ。
もちろん、彼の酷い行いを受け入れる事はできないけれど…
[愛]というものの本質を理解するきっかけをくれた事に、感謝しているの」
分からない。
なぜそう思えるのか。
自分を裏切った奴なんて、憎くて仕方無いに決まってる。
「……分かんねぇよ、そんなの」
「あなたが、いつか本当の[愛]に気付いたら分かるわ。
この世界は、[光と闇] [善と悪] [陽と陰]―
片方が存在すればもう片方が必ず存在する、二極性で出来てる。
その二極は、表裏一体。
違いがあるから、お互いを認識できる。
[愛と憎しみ]も、その一つ。
それをどう捉えるかは、あなた次第よ」
そう言って微笑む彼女が俺に向けたのは―
子供を見つめる母親のような……優しい眼差しだった。
「…………いつか、俺がそれを理解できたら……
あんたは、俺の方を見てくれるのか」
「そうかもね」
はぐらかすように目を伏せて笑い、腰を上げた彼女は、天使のようなその白い羽を目一杯広げて伸びをした。
「その時を楽しみに待っているわ」
「……あぁ、待っててくれ」
俺は口角を上げてニヤリと笑った。
見計らったかのように、ノザキが店から出てきた。
「そろそろいいか」
「えぇ。
……お話できて楽しかったわ、グラシュティン」
「俺も、話ができて良かった」
馬の姿に戻った俺は、ノザキを乗せてブルルル…と鼻を鳴らす。
と、メローナが横に来て、俺のたてがみをそっと撫でた。
「……これがあなたの本当の姿?」
「あぁ」
「とても素敵なたてがみね」
「………ありがとう」
―あと何十年、何百年掛かるか分からないが……
俺は必ず、彼女を振り向かせて見せる。
その想いを込めるかのように地面を強く蹴りあげ、夜の空へと登っていった。
普段は漆黒の馬の姿をしていて、引き締まった体躯と、美しいたてがみが自慢だ。
人間の姿にも化ける事ができる俺は、時々女を誘惑して遊びまわる。
まぁ、趣味みたいなもんだ。
その趣味と見た目のせいで、悪魔と勘違いされる時もあるけどな。
そうして暇を持て余していた俺に、ある日、妖精界では有名な[アーネスト]という赤毛の人間から声が掛かった。
「ここにいたのかね、女好きのグラシュティン!探したぞ~(о´∀`о)」
当たっちゃいるが、一言目から失礼な奴だ。
馬の姿だった俺はブルルル、と鼻を鳴らした。
そいつは、ヘラっとした顔をこっちに向けた。
「どうせ君は暇だろう?
ちょっと面白い事をしてみないかね?」
ったく、一言多いな。
「………面白い事?」
「最近[運び屋]になった人間の、パートナーになって欲しいのだよ」
「……メンドくさ。そんなのやらねーよ」
[運び屋]の存在は俺も知っている。
人間界で裏市場のブツを運ぶ奴等。
粗方、馬の姿の俺を足にしようって魂胆だろう。
「……………一番初めの運び先は[エルファロ]という店なのだが」
「っ!」
こいつ、あの事を知ってるのか…?
「……その話、乗った」
「おぉ~!そうかねそうかね!
ならば、後日また!」
そう言ってアーネストはさっさと去っていった。
「あの事」って言うのは、俺がその[エルファロ]の女店主[メローナ]を知ってるって事だ。
チッ、誰かバラしやがったな…
……まぁ正確には、知ってるっていうより―
俺の……
片思い、だろうな。
随分前、「たまには人間界で散歩でもするか」と、馬の姿で走り回っていた月明かりの夜、彼女を見かけた。
高台から見える静かな海を、彼女は、ただただ眺めていた。
その横顔が、何ていうか……
とても愛しいものを見つめる優しさに溢れていて、俺は柄にもなく一目惚れしちまった。
不思議なもんで、どうでもいい女には簡単につるめるのに、ホントに好きな女だと手を出せないどころか、声も掛けられなくなる。
……緊張するからだろうな。
しばらく彼女を見つめた後―
気付かれないよう、そっと踵を返してその場を去った。
その後、妖精の仲間に聞いて回り、彼女の名前が[メローナ]だと知った。
そんで、また会いに行こうかと悩んでいた矢先―
さっきの話を持ち掛けられたって訳だ。
「タイミングがいいんだか、悪ぃんだか…」
俺は一つ大きなため息をついて、彼女の横顔を思い出していた。
―後日、例の人間の運び屋を紹介された。
アーネストに聞かされていたんだが、名前はノザキというらしい。
…少し無愛想だが、悪い奴じゃなさそうだな。
自分の名を名乗りながらそう思った。
聞いていた通り、今回の運び先は港町の高台にある店[El Faro]だ。
パートナーのノザキを乗せ、俺は颯爽と彼女の営む店へ向かった。
―俺は、人間界の馬とは比べ物にならない程早く駆ける。
なぜなら、空を飛ぶからだ。
数十分で目的地に着いた。
妖精界から人間界へ移動する時のタイムラグもあってか、時刻は真夜中の0時半。
ちょうどいい頃合いだ。
そろそろ開店しているだろう。
俺は人間の姿に化け、ノザキが店のドアを開ける。
ドアベルがチリリン、と小気味良い音を立てた。
「いらっしゃい。
……ふふ、初めてのお客様ね。」
美しい顔に優雅な笑みを浮かべた彼女に、心臓がドキンと跳ねる。
メローナに初めて会ったノザキは、背中に羽の生えた彼女を見て一瞬驚いたようだったが、すぐにいつもの真顔に戻った。
「……俺達は客じゃない。運び屋だ」
相変わらず無愛想なノザキが、バッグから銀色のケースに入った物を、カウンターにいるメローナに手渡した。
「そう、あなた達だったのね。
アーネスト博士から話は聞いているわ」
渡されたケースを開け中身を確認すると、中に入っている欠片を優しく撫で、ふふ、と楽しそうに笑みを溢す。
そんな彼女に見とれていた。
「今回も、とても素敵な物語達ね。
ありがとう」
と、メローナは何かを思い出したようでノザキに問う。
「博士の側にいつもいる彼女、シルフと……ノアさんは元気かしら?」
「シルフ……?
あぁ、あの喋る光の事か。
鬱陶しいくらい元気だったぞ。
ノアって奴は誰だか知らないが」
「……そう。それならいいの」
光を集めた宝石のような目を細め、彼女は微笑んだ。
あのシルフとメローナはきっと友達なんだろう。
実は、ノアって奴の事は知ってる。
アーネストが、そいつと、猫とウサギの助手二人を連れて妖精界に来た時、俺はちょうど近くにいた。
そのノアってのは、見た目じゃ男か女か分かんなかったから、とりあえず手を出そうとしたら……
助手二人から全力のダブルラリアットを食らわされた。
あれはホントに痛かった。マジで。
もう奴等と関わりたくなかった俺は、何も言わず黙っていた。
「じゃあ、渡す物も渡したし、俺達はこれで」
用は済んだ、と言わんばかりに、店に到着してものの数分でその場を去ろうとするノザキ。
おいおい……ビジネスライク過ぎだろ。
「ちょ…待て、ノザキ」
「何だ、グラシュティン。
渡しそびれた物でもあるのか」
「あ~、そうじゃないんだけどな…
その……
メローナ、あんたと話がしたいと思って」
声がうわずった。
いつもの女慣れした俺はどこに行ったんだ。
そんな俺を見て彼女はニコリと笑い、カウンターの席を立った。
「お話するのは好きよ。
海を見ながらでもいいかしら」
そう言って外を指し示す。
「ミスターノザキ。
待たせてしまって悪いのだけど、カウンターに座って待って頂いても?」
「あぁ。大丈夫だ」
ノザキはカウンターにドカッと座って腕組みをした。
俺は、メローナの後に続いて外に出た。
店の近くの草むらに、並んで腰掛ける。
―見上げれば、満天の星。
夜の潮風の香りと、波の音が心地良い。
高台の下には、まばらな街の灯りが見える。
彼女は、前に見たあの優しい眼差しで、その景色を眺めていた。
「私、海が好きなの。
あなたは?」
「……俺も、好きだ」
「ふふ、良かった」
海の話だってのに「好き」っていう単語にドキドキする。
…はぁ、子供じゃあるまいし。
しばし沈黙が続いた。
「……俺、実はあんたを前に見かけた事があるんだ」
彼女は微笑んで、話の続きを待っていた。
「その日からずっと、あんたの事が好きだった。
………メローナ、好きだ」
早くも自分の気持ちを口走ってしまった。
焦り過ぎだ。
優しい笑みを浮かべたまま、彼女は答えた。
「ありがとう。
でも………
あなたの気持ちには、応えられないわ」
「……っ」
「あなたが嫌いとか、そういう事じゃないの」
「じ、じゃあ…」
「私は、この世界のみんなに[愛]を届ける存在。
一人だけを好きでいる事はできない」
俺に向けられた、強い意思を持って輝く瞳が、心臓を鷲掴みにする。
「一人だけ好きじゃ、ダメなのかよ……っ!」
女を知らねぇクソガキみたいなセリフを吐いた自分に驚いた。
メローナは、穏やかな微笑みを浮かべたまま答える。
「好意を向けてくれる相手や、
好きな相手に優しくしたり、愛したりできるのは、当たり前の事よ。
本当の[愛]は、自分にとっての敵―
例えば、傷付けてくるような相手にさえ、その眼差しを向けるものなの。
でも、嫌な事をされるがままでいていいわけじゃない。
不当な扱いを受け入れる必要はないわ。
逃げてもいい。
自分を守るのも大事な[愛]だから」
そう言って彼女は、遠くにうっすら見える水平線を見つめながら、続けた。
「………私は前世で、愛した人間の男に裏切られ、傷付けられて絶望し―
自らの手で生を閉じた」
「……!」
「……でも、私は今、彼の事を恨んではいないわ。
あの人はただ「可哀想な人」だったのよ。
もちろん、彼の酷い行いを受け入れる事はできないけれど…
[愛]というものの本質を理解するきっかけをくれた事に、感謝しているの」
分からない。
なぜそう思えるのか。
自分を裏切った奴なんて、憎くて仕方無いに決まってる。
「……分かんねぇよ、そんなの」
「あなたが、いつか本当の[愛]に気付いたら分かるわ。
この世界は、[光と闇] [善と悪] [陽と陰]―
片方が存在すればもう片方が必ず存在する、二極性で出来てる。
その二極は、表裏一体。
違いがあるから、お互いを認識できる。
[愛と憎しみ]も、その一つ。
それをどう捉えるかは、あなた次第よ」
そう言って微笑む彼女が俺に向けたのは―
子供を見つめる母親のような……優しい眼差しだった。
「…………いつか、俺がそれを理解できたら……
あんたは、俺の方を見てくれるのか」
「そうかもね」
はぐらかすように目を伏せて笑い、腰を上げた彼女は、天使のようなその白い羽を目一杯広げて伸びをした。
「その時を楽しみに待っているわ」
「……あぁ、待っててくれ」
俺は口角を上げてニヤリと笑った。
見計らったかのように、ノザキが店から出てきた。
「そろそろいいか」
「えぇ。
……お話できて楽しかったわ、グラシュティン」
「俺も、話ができて良かった」
馬の姿に戻った俺は、ノザキを乗せてブルルル…と鼻を鳴らす。
と、メローナが横に来て、俺のたてがみをそっと撫でた。
「……これがあなたの本当の姿?」
「あぁ」
「とても素敵なたてがみね」
「………ありがとう」
―あと何十年、何百年掛かるか分からないが……
俺は必ず、彼女を振り向かせて見せる。
その想いを込めるかのように地面を強く蹴りあげ、夜の空へと登っていった。