No.4 [追憶の夜空]


No.4 [追憶の夜空]
¥444
SOLD OUT
無数の星屑を溢したような夜空が広がる、静かな夜。
「……………」
ロカは、灯りのついていない夜のサンルームで一人、アイアンチェアに腰掛けてテーブルに肘をつき―
星空を見ながら、昔の事を思い出していた。
それは、ノアとの出会い。
―俺は、気が付いたらこの姿でそこに存在していた。
それ以前の記憶は曖昧でよく分からないが……
今よりだいぶ視点が低い。
随分と小さな生物だったようだ。
周りを見渡す。
自分と同じようで少し違う、二足歩行の生き物がたくさん行き交っているが、誰一人として、道の端にいる俺には目もくれない。
しばらくその生き物達を眺めていると、目が合った奴がいた。
あっ、と思ったが、そいつは俺の姿を見て、嫌悪感をあらわにして通り過ぎていった。
なぜそんな顔をされたのか分からなかったが、ただ哀しかった。
―その後、そいつらが[人間]という生き物だという事を知った。
大概の人間は俺の姿が見えないらしく、稀に見える奴がいても、そいつらから向けられる視線は……
恐怖、嫌悪、好奇の目だけだった。
どうしてそんな視線を向けられなきゃならない?
俺は、ここにいるだけなのに……
周りにはたくさんの人間がいるのに、俺は独りぼっちだった。
自分がここにいる理由も分からず、かと言って、それを問う相手もいない。
それどころか、生きてここに存在しているのかすら……
確信が持てなくなっていった。
[俺]は一体、何なのだろう……
もうすべてがどうでもよくなっていたが、だからといって、死ぬ事もない。
人間という生き物と違って、何も食べなくても生きられるのだ。
「…………」
俺は目的も行く宛もなく、ただフラフラとさまよっていた。
ただただ歩き続ける。
歩くといっても、身体は半分浮いているようだった。
―どれ程長い年月を、そうして過ごしただろうか。
その日も俺は、たださまよい歩いていた。
……前から歩いてくる、黒ずくめの服装の人間が、こちらを見ている。
―どうせまたあの視線を向けられるんだろう。
そう思って、近付いてくるそいつをぼうっと見ていた。
「…………っ!!」
そいつが向けてきたのは……
今まで俺に向けられてきた視線とは違う―
優しい微笑みだった。
そんな表情を向けられたのは初めてだ。
その顔に釘付けになり、通り過ぎるその人間を無意識に目で追っていた。
「……っ、………っ!」
誰とも話をした事の無かった俺はどうしていいか分からず、その人間の後をただ付いていった。
しばらく付いていくと、その人間は小さい工場のような、古びた建物の前に辿り着いた。
勇気を振り絞り、そいつに話しかける。
「……っあ、あの……っ」
声が掠れる。
「…あぁ、あなたはさっきの猫さん!
どうしたんですか?」
優しく微笑みながら言葉を返された事が嬉しくて……目頭が熱くなった。
「……っぅ、う」
「!な、何で泣いてるんですか!?大丈夫?
とりあえず製作所の中に入って」
俺はその人間に促され、小さな工場に見えた建物―
製作所に入った。
「―ただいまイーユン」
「所長、おかえりなさい………?
その方は?」
「さっき出会ったんだけど―
製作所の前で泣き出しちゃったから、心配で上がってもらった」
心配そうに俺を見つめるその瞳に、凍りついた心が溶かされていくのを感じた。
そして俺が驚いたのは、イーユンと呼ばれている奴の姿だ。
俺と同じで明らかに人間じゃない。
自分と同じ異質な存在を見るのは、初めてだった。
訝しげにそいつを凝視していると、目が合った。
「……もしや、あなたは僕のような者を見るのが初めてですか?」
「……」
まだ誰かと話すのが慣れず、無言で頷いた。
「………きっとあなたは、[はぐれ妖精]でしょうね」
「……は、ぐれ……?」
全く心当たりがなく、答えを求めるように視線を送る。
「その容姿を見るに、あなたは[ケットシー]という妖精の一種です」
初めて自分の正体を教えられ、狼狽えた。
「[ケットシー]は、猫が何度もこの世界に転生するうち魂が成長して、妖精化した存在です。
そして[はぐれ妖精]とは、自分が妖精に転生した事に気付かずにいる存在で、中には、自暴自棄になり……人間に悪さをする者もいます」
「…そう……なのか…」
それならば、昔の曖昧な記憶の中で、視点が低かったのにも合点がいく。
イーユンという奴が続けた。
「あなたのように一人さまよっている存在は、時々います。
ただ、波長が合わないと、お互いを視認できないんです」
何だか難しい話だが、こんな状態なのは自分だけではなかったようだ。
「しかし、波長とは関係なくあなた達のような存在を視る事ができる人間もいます。
視えるからといって、善良という訳でもないですが……
それはあなたもご存知のはずです」
俺は過去、自分に向けられた様々な視線を思い出す。
「…こちらの所長は、あなたのような存在が視えるだけでなく[夢と現実の狭間にあるものを具現化する]能力をお持ちでいらっしゃるんですよ。
気付きませんか?
所長の側にいるようになってから、自分の質量が増して、この世界に現れている事に」
言われてみて分かった。
今の自分は、地に足が付いて、人間と同じように[ここ]の次元に存在している。
「ちなみに所長から離れて少し経つと、また見えない存在に戻ります」
「…………」
―己の正体を知り、少し落ち着いた俺は、今まで自分が置かれていた状態……
感じていた事を、全部話した。
話終わると同時に、所長が涙目で俺を抱き締めた。
「っ!」
「………………辛かったね…
でも、もうあなたは一人じゃない。
ここにいていいんだよ」
「………………!
…………っ、……うぐっ、うっ…ぅ
うにゃあぁぁ~っ!!」
大声で泣いた。
所長の肩が濡れるくらいに。
俺は、ここに存在していていいんだ―
ただそれだけの事が嬉しかった。
「…っ、ヒック…うっ……
…………ここに……いて、いいのか…?」
「もちろん」
所長は、俺を落ち着かせるように背中をさすってくれていた。
「そうだ、あなたの名前は?」
「……俺…名前、無いんだ」
「そうか……じゃあ、私が付けてもいいですか?」
「……頼む」
ノアはしばらく一点を見つめ、その後パッと明るい顔をして言った。
「ロカヒータ!呼び名はロカ。どうかな」
「……あんたの付けてくれた名前なら…
好きになれそうだ。
…あんたの名前は?」
「私は、この白夢製作所で所長をしている、ノアといいます。
どうぞよろしく!」
「こちらこそ、よろしく…」
俺はこの時、心に誓った。
この恩は絶対に忘れない。
暗闇から助けてくれたこの人の、役に立つのだと。
俺に[生きる目的]が生まれた瞬間だった―
この白夢製作所に馴染んだ今となっては、懐かしい思い出だ。
一人楽しくなり、フッと笑みをこぼす。
「あの時所長に出会えたから、俺は今ここにいるんだよな……」
と、サンルームの灯りが突然ついた。
「何を真っ暗闇でブツブツ言って笑ってるんですか、不気味ですよ」
イーユンだ。
先程までご機嫌でピンッと張っていた尻尾が、ダラリと下に垂れ下がる。
「……せっかく所長と出会った時の事思い出して楽しかったのに、お前の顔見たらテンション下がる」
「それはお互い様です」
それぞれに嫌味を言うが、何だか楽しそうだ。
「所長がお呼びですよ、行きましょう」
「あぁ」
サンルームの去り際―
夜空に瞬く星が、初めて出会ったあの日の、ノアの微笑みのようだな……と、ロカは思ったのだった。
「……………」
ロカは、灯りのついていない夜のサンルームで一人、アイアンチェアに腰掛けてテーブルに肘をつき―
星空を見ながら、昔の事を思い出していた。
それは、ノアとの出会い。
―俺は、気が付いたらこの姿でそこに存在していた。
それ以前の記憶は曖昧でよく分からないが……
今よりだいぶ視点が低い。
随分と小さな生物だったようだ。
周りを見渡す。
自分と同じようで少し違う、二足歩行の生き物がたくさん行き交っているが、誰一人として、道の端にいる俺には目もくれない。
しばらくその生き物達を眺めていると、目が合った奴がいた。
あっ、と思ったが、そいつは俺の姿を見て、嫌悪感をあらわにして通り過ぎていった。
なぜそんな顔をされたのか分からなかったが、ただ哀しかった。
―その後、そいつらが[人間]という生き物だという事を知った。
大概の人間は俺の姿が見えないらしく、稀に見える奴がいても、そいつらから向けられる視線は……
恐怖、嫌悪、好奇の目だけだった。
どうしてそんな視線を向けられなきゃならない?
俺は、ここにいるだけなのに……
周りにはたくさんの人間がいるのに、俺は独りぼっちだった。
自分がここにいる理由も分からず、かと言って、それを問う相手もいない。
それどころか、生きてここに存在しているのかすら……
確信が持てなくなっていった。
[俺]は一体、何なのだろう……
もうすべてがどうでもよくなっていたが、だからといって、死ぬ事もない。
人間という生き物と違って、何も食べなくても生きられるのだ。
「…………」
俺は目的も行く宛もなく、ただフラフラとさまよっていた。
ただただ歩き続ける。
歩くといっても、身体は半分浮いているようだった。
―どれ程長い年月を、そうして過ごしただろうか。
その日も俺は、たださまよい歩いていた。
……前から歩いてくる、黒ずくめの服装の人間が、こちらを見ている。
―どうせまたあの視線を向けられるんだろう。
そう思って、近付いてくるそいつをぼうっと見ていた。
「…………っ!!」
そいつが向けてきたのは……
今まで俺に向けられてきた視線とは違う―
優しい微笑みだった。
そんな表情を向けられたのは初めてだ。
その顔に釘付けになり、通り過ぎるその人間を無意識に目で追っていた。
「……っ、………っ!」
誰とも話をした事の無かった俺はどうしていいか分からず、その人間の後をただ付いていった。
しばらく付いていくと、その人間は小さい工場のような、古びた建物の前に辿り着いた。
勇気を振り絞り、そいつに話しかける。
「……っあ、あの……っ」
声が掠れる。
「…あぁ、あなたはさっきの猫さん!
どうしたんですか?」
優しく微笑みながら言葉を返された事が嬉しくて……目頭が熱くなった。
「……っぅ、う」
「!な、何で泣いてるんですか!?大丈夫?
とりあえず製作所の中に入って」
俺はその人間に促され、小さな工場に見えた建物―
製作所に入った。
「―ただいまイーユン」
「所長、おかえりなさい………?
その方は?」
「さっき出会ったんだけど―
製作所の前で泣き出しちゃったから、心配で上がってもらった」
心配そうに俺を見つめるその瞳に、凍りついた心が溶かされていくのを感じた。
そして俺が驚いたのは、イーユンと呼ばれている奴の姿だ。
俺と同じで明らかに人間じゃない。
自分と同じ異質な存在を見るのは、初めてだった。
訝しげにそいつを凝視していると、目が合った。
「……もしや、あなたは僕のような者を見るのが初めてですか?」
「……」
まだ誰かと話すのが慣れず、無言で頷いた。
「………きっとあなたは、[はぐれ妖精]でしょうね」
「……は、ぐれ……?」
全く心当たりがなく、答えを求めるように視線を送る。
「その容姿を見るに、あなたは[ケットシー]という妖精の一種です」
初めて自分の正体を教えられ、狼狽えた。
「[ケットシー]は、猫が何度もこの世界に転生するうち魂が成長して、妖精化した存在です。
そして[はぐれ妖精]とは、自分が妖精に転生した事に気付かずにいる存在で、中には、自暴自棄になり……人間に悪さをする者もいます」
「…そう……なのか…」
それならば、昔の曖昧な記憶の中で、視点が低かったのにも合点がいく。
イーユンという奴が続けた。
「あなたのように一人さまよっている存在は、時々います。
ただ、波長が合わないと、お互いを視認できないんです」
何だか難しい話だが、こんな状態なのは自分だけではなかったようだ。
「しかし、波長とは関係なくあなた達のような存在を視る事ができる人間もいます。
視えるからといって、善良という訳でもないですが……
それはあなたもご存知のはずです」
俺は過去、自分に向けられた様々な視線を思い出す。
「…こちらの所長は、あなたのような存在が視えるだけでなく[夢と現実の狭間にあるものを具現化する]能力をお持ちでいらっしゃるんですよ。
気付きませんか?
所長の側にいるようになってから、自分の質量が増して、この世界に現れている事に」
言われてみて分かった。
今の自分は、地に足が付いて、人間と同じように[ここ]の次元に存在している。
「ちなみに所長から離れて少し経つと、また見えない存在に戻ります」
「…………」
―己の正体を知り、少し落ち着いた俺は、今まで自分が置かれていた状態……
感じていた事を、全部話した。
話終わると同時に、所長が涙目で俺を抱き締めた。
「っ!」
「………………辛かったね…
でも、もうあなたは一人じゃない。
ここにいていいんだよ」
「………………!
…………っ、……うぐっ、うっ…ぅ
うにゃあぁぁ~っ!!」
大声で泣いた。
所長の肩が濡れるくらいに。
俺は、ここに存在していていいんだ―
ただそれだけの事が嬉しかった。
「…っ、ヒック…うっ……
…………ここに……いて、いいのか…?」
「もちろん」
所長は、俺を落ち着かせるように背中をさすってくれていた。
「そうだ、あなたの名前は?」
「……俺…名前、無いんだ」
「そうか……じゃあ、私が付けてもいいですか?」
「……頼む」
ノアはしばらく一点を見つめ、その後パッと明るい顔をして言った。
「ロカヒータ!呼び名はロカ。どうかな」
「……あんたの付けてくれた名前なら…
好きになれそうだ。
…あんたの名前は?」
「私は、この白夢製作所で所長をしている、ノアといいます。
どうぞよろしく!」
「こちらこそ、よろしく…」
俺はこの時、心に誓った。
この恩は絶対に忘れない。
暗闇から助けてくれたこの人の、役に立つのだと。
俺に[生きる目的]が生まれた瞬間だった―
この白夢製作所に馴染んだ今となっては、懐かしい思い出だ。
一人楽しくなり、フッと笑みをこぼす。
「あの時所長に出会えたから、俺は今ここにいるんだよな……」
と、サンルームの灯りが突然ついた。
「何を真っ暗闇でブツブツ言って笑ってるんですか、不気味ですよ」
イーユンだ。
先程までご機嫌でピンッと張っていた尻尾が、ダラリと下に垂れ下がる。
「……せっかく所長と出会った時の事思い出して楽しかったのに、お前の顔見たらテンション下がる」
「それはお互い様です」
それぞれに嫌味を言うが、何だか楽しそうだ。
「所長がお呼びですよ、行きましょう」
「あぁ」
サンルームの去り際―
夜空に瞬く星が、初めて出会ったあの日の、ノアの微笑みのようだな……と、ロカは思ったのだった。